▼ 46 ▼

 お前ばかりが好きだと思うな。牛島君の言葉を思い出し、私は何度でも頬を緩ませていた。万年牛島君に片思いだった私が、名前すら知られていなかった私が、遂に牛島君と両思いになったのだ。まだ何もしていないというのに私は天にでも昇る心地だ。大学の同期のグループチャットの通知を眺めながら、私はジュースを飲んでいた。話は新入生歓迎会についてだった。

「彼氏いる女の子は、飲まされすぎないようにね」

 顔も知らない同期のメッセージを見ながら、私はふと考える。牛島君と私は、付き合ったと言っていいのだろうか。元から私の気持ちを知っていた牛島君は、春高予選決勝の翌日に告白することで公認の両思いとなった。だがお互い受験やバレーに集中したいので付き合うのは先と決めたはずだ。

 私の受験は、既に終わった。その時点で何かしらの動きがあってもいいものだ。だが牛島君とそれらしい話は何もなかった。牛島君はプロバレーボーラーになったのだから、今もバレーを続けている。「バレーに集中したい」は今も有効なのかもしれない。では、私達が付き合えるのはいつなのだろう。牛島君がバレーを辞めるのは想像できない。あるとすれば、選手として引退する時だろう。

 私はブラウザでバレー選手の引退年齢を調べてみた。画面には、三十の数字が出ている。三十まで私達は付き合えないのだろうか。その間、両片思いのままで。

 彷徨い始めた私の思考は、三十で始めるならお付き合いではなく結婚ではないかという所にまで飛躍する。それではあの約束はプロポーズなのだろうか。高校生なのに? いやでも、牛島君なら。

 迷った私は牛島君に電話をかけていた。コール音の後、「はい」という牛島君の声がする。出ないものだと思っていた私は、何を言うべきかと慌てふためいた。

「えっと……」

 牛島君はプロポーズしたの? はおかしい。いきなり何を言っているのだと思われるし、妄想という私の悪癖が出てしまっている。私が考え込むに至った発端は何だっただろうか。

「……私達、付き合ってるって言っていいのかな?」

 言ってから後悔が襲うが、他に何と言えばいいのかもわからない。牛島君の言葉を待つと、牛島君は低い声で「誰かに聞かれたのか」と言った。

「ううん。でも、付き合うの先延ばしにしてたから、いつかなって」

 本当は早く付き合いたいと言ってしまいたい。でもそこまでの勇気はない私の、最大限の攻撃だった。

「……いいだろう。俺達は付き合っている」

 牛島君の言葉を聞いて、私は安堵の息を吐く。これで大学の友人にも彼氏がいると堂々と言えるものだ。一つ不安が消えたところで、新たな疑問が浮上した。私達はどの瞬間から、付き合っていたということになるのだろう。

「……いつから?」
「お前は元から俺のことを好きだったから、俺がお前のことを好きになった時とすると夏頃だが」
「そんな前から!?」

 興味本位の質問に予想外の答えを返され、私は大きな声を出した。慌てて声を潜めながら私はスマートフォンに囁く。

「き、聞いてないんだけど!」
「言っていなかったからな。すまない、召集がかかったのでもう切る」

 私の言葉を待たず、通話は一方的に切れてしまう。スマートフォンの電子音を聞きながら、私は呆然と立ち尽くしていた。牛島君が私を好きになったのは、春高予選の時ではなかったのか。高校三年の一年を思い出しては、私は叫び出したくなるような気持ちに駆られた。
prev | list | next