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もしかしたら牛島君は普通ではないのかもしれない。天童君の言葉を思い出しながらそう考えた。確かに体育や芸術の授業では一緒になる隣のクラスの生徒くらい覚えているのが自然かもしれない。でも、こんなこと考えるなんて牛島君に失礼だ。
私は頭を振って雑念を吹き飛ばした。牛島君は我が白鳥沢学園のエースなのだ。余計なことに脳のリソースを割いている暇などない。だから、多分恋愛もしない。
それが私の出した答えだった。残念ながら私はその段階にすら辿り着けなかったのだけど、もし、万が一私が牛島君と親しい女子だとしても彼は男女交際を断るのだろう。牛島君をよく知らないくせにこれだけは確信がある。
つまりは、これからどう足掻こうと無駄だということだ。

「でも、名前くらいは覚えてもらいたいよなぁー……」

振られた今となっては、もう不可能かもしれないけれど。そんなことを考えていると、友人から肩を叩かれた。

「何ぼーっとしてんの。早くしないと体育遅れるよ?」
「うん、今行く」

その体育で行なっているのもバレーで、少し前までは嬉しかったそれが今はほんの少し憎いのだった。



「……七草」

私の目の前に佇む体育教師。ステージの周りには、既にテストを終えたクラスメイト達が各々自由にお喋りをしていた。評価に直接繋がるテストも終わり、体育館には和やかな空気が流れている。私と体育教師の周り数メートルを除いては。

「このテストはサーブを十本打って六本コートに入れば合格、四本が最低ラインだ」
「はい」
「勿論バレーの初心者も多い。誰でもできるように合格値を設定してある」
「はい」
「だからこのテストの不合格者はお前だけなんだ」

再び二人の間に重い沈黙が生まれた。高校に通っている以上、単位を取らなければ卒業できない。バレー以外も決して優秀とは言えない私は、このテストを通らなければ非常にまずい事態になる。それを察してか、先生はため息を吐いた後目を伏せた。

「特別にお前だけ再テストを実施する。それまでに四本入るようになっていること」
「……はい!」

厳しいことで有名な体育教師だが、今回ばかりはかなり甘いのではないかと思う。私は両手を握りしめたいのを我慢して頭を下げた。これでなんとか留年は免れた。いや、そのためにはテストで最低点を取る必要があるのだが。


放課後、早速教師にあてがわれた体育館へ向かうと、一人バレーボールを出した。これが普段牛島君の触っているバレーボール。勿論私達が学校の授業で使うものと彼らが使うものでは違うのだろうが、それでも胸が熱くなる。その割にはバレーで酷い成績を取っているが、それはここから挽回するのみだ。

一本目のサーブを打つと、ふらふらと危ない球がなんとかコートの中に入った。しかし今のはネットがあれば相手コートに入らなかっただろう。

私はコートにボールが転がる様を眺めた。今は手間がかかるためネットは張っていないが、実際の試験では張られることになる。ネットに引っかかっているようではコントロール以前の問題だ。少々面倒だがネットを張ろうか。そう考えていた時、正面入り口から声がした。

「何をやっている」

その姿は見紛うことなく私の好きな牛島若利だった。
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