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その二日後、再びバイトのシフトに入った私は放棄食材を牛島君へお裾分けに行った。私の勤めるベーカリーでは、捨てることになったパンを終了時刻のシフトの者が持って帰っていいことになっているのだ。牛島君の栄養バランスを崩しては悪いからと友達にばかり配っていたが、たまには牛島君に持って行くのもいい。自分から食べに来たくらいなのだから、少しくらい美味しく頂いてくれるだろう。

 バイトの終わった九時頃、私は牛島君の寮に向かう。突然の訪問に牛島君は驚くだろうか。期待やときめきだけではないのは、この間牛島君に電話で遮られたからだった。あれは偶然なのだと言い聞かせ、牛島君の部屋のインターホンを押す。扉を開けた牛島君は、パンの袋を持った私を見て驚いた顔をした。

「いきなりごめん。お裾分け」
「……ありがとう」

 牛島君は私から袋を受け取った。もう用は済み、後は帰るだけの状態だ。早く帰れと言われているような気分になるのは、この間のことがあるからだろうか。それでも私は彼女であるはずだ。「ちょっと上がって行ってもいい?」と聞けば、牛島君は断らなかった。

 リビングのソファに座り、私は落ち着きなく辺りを見回す。牛島君の部屋に慣れることはないだろうが、私を興奮させているのは夜に二人きりという状況だった。これは、更なる進展に期待せずにはいられないだろう。牛島君は適当にテレビをつけると、私の隣に座った。相変わらず人一人分空いている。当たり障りのないクイズ番組を見ながら、私は激しい違和感に襲われていた。違う。私が望んでいるのは、こうじゃない。これではまるで兄妹だ。

 私は立ち上がって、「ごめん、帰る」と言った。鈍い牛島君なら何も気にせず帰らせると思っていた。だが牛島君は、鋭い視線で私を睨み上げた。

「この間から何なんだ。不満があるなら言え」
「不満なんか……」

 ない、と言い切れないのは今この瞬間にも胸の中に渦巻いているからだ。明らかに空気が悪くなったのを感じる。牛島君とこんな険悪な雰囲気になるのは初めてだ。

「牛島君だって、私にそっけない態度取るじゃん」

 立場を弱くした私は、反撃に出た。この間の電話の件といい、牛島君は私が大学やバイトの話をするとあからさまに期限を悪くする。見ないふりをするのも限界だった。世間一般ではこれを逆ギレと言うのだろうか。牛島君にそう思われてもいい。

「それとこれとは話が別だろう」
「別だけど、人のこと言えてないじゃん!」

 遂に叫んでしまった。後味の悪さを噛み締めながら、私は「帰る」と言って玄関に向かった。今度こそ牛島君は引き止めなかった。
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