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「あの、苗字名前です。体育のバレーのテストに不合格で、再テストのために体育館をお借りしています」

みなさんにはご迷惑をおかけしてすみません。私がそう言ったことでその場の空気はいくらか和らいだ。「ああだから、」「最近三十分遅いのはそういうことだったんだな」と話を繋げてくれたバレー部の方々には感謝しかない。なんとかこの場を収め撤収しようとしたその時、ようやく笑いの収まったらしい天童君が爆弾を落とした。

「なら若利君が教えてあげればいいじゃん」
「え?」
「どうせずっと腕組みして見てんでしょ? そんなん暇だし、折角なら教えてあげたらいいじゃん」

簡単に言ってのけるが、それがどんなことかは私でも理解している。全国レベルのバレー部のエースにマンツーマンでバレーを教わるというのだ。コーチ料がいくらあっても足りそうにない。

「そ、そんな。コートを使わせてもらってるだけで申し訳ないのに」
「わかった」

固辞する私の言葉を遮って牛島君は了承した。信じられず彼の顔を見る私に構わず、牛島君は続ける。

「これでまたテストに落ちて練習期間が延びでもしたらたまらん。やるなら徹底的にやる」

牛島君の言うことは確かにごもっともだ。私がまたテストに落ち、体育教師の更なる温情で再々テストという可能性もなくはない。そうしたら牛島君にとってはデメリットしかないだろう。

「テストは明後日だったな。明日、絶対に遅刻するな」
「……はい」

喜びとプレッシャー、二つの意味で私は震えていた。



六限の授業が終わると私は駆け足で体育館で移動した。何しろ絶対に遅刻するなと言われているのだ。軽く息を切らして体育館の扉を開けると、まだ牛島君はいないようだった。よかった、セーフだ。

女子更衣室で着替えを終えると早速ネットを張る用意をした。その途中に牛島君が体育館に入ってきて心が躍る。彼とは特に挨拶を交わさなかったが、無言でネットを張るのを手伝ってくれた。体育館倉庫から両手に一個ずつポールを持つ姿に男の子だなあ、なんて思う。ネットの張り方はあの日牛島君に教えてもらって覚えたつもりだが合格できているだろうか。本人を前に、私は緊張しながらネットを張った。向かいのポールでネットを張る牛島君に何も言われなかったので成功できたのだろう。


「ボールは軽く放るくらいで上げろ。手は固く握れ。もっと膝を使え」

いざ練習を始めるとなった時、牛島君はたった三言言った。後はこれまでのように腕組みをして見守っているだけである。確かにこれまで散々私の下手くそなサーブを見てきたのだ。アドバイスは沢山あるだろう。

「う、うん。やってみる」

最初は今までと違う感覚に戸惑ったが、何度か打ってみるとこれまでとは違う球が打てるようになった。流石はウシワカ様である。
サーブを打ち続けること十数分、牛島君はまた口を開いた。

「落としたい場所に体を向けてボールを打て」

この日貰えたアドバイスはこの二つだけだった。私としてはこう、もっと手取り足取り教えてもらうことをイメージしていたのだが仕方ない。アドバイスを頂けるだけでも十分ありがたいというものだ。
不思議とコントロールまですぐに良くなったことに喜びを抱きつつ、私は牛島君に頭を下げる。

「ありがとう。教えてくれて本当に助かった」

まだテストに受かったと決まったわけではないが、それでも格段に上達したのは事実だ。迷惑をかけたお詫びでもお礼でも私は牛島君と会話ができて本望だった。練習日も今日で最後、後は本番でやりきるのみである。きっと牛島君は「フン」とだけ鼻を鳴らすのだろうと思っていた私は度肝を抜くことになる。

「明日、落ちるなよ」

牛島君が私の目を見てそう言ったのだから。
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