▼ 2 ▼


あれから色々なことを試してみたが、とは言っても頬を掴んだりもう一度寝直すくらいしかしてないのだが、私が元に戻ることはなかった。どこまで続いてるかも分からない空間にこの女性と二人きりである。しのぶと名乗ったこの女性はまるで観察対象のように私を興味深く見ていた。私からすればいきなり死後の世界だと告げるなんてどこかのネジが外れている人としか思えないのだが、本当だとしたらそれはそれで大変なことになる。彼女は死者で、私は死んだ人と話をしているのだ。こういう時は普通自分の先祖に会うのではないだろうか、と思いつつ私はしのぶを見る。

「死後の世界って、本当なんですか?」
「本当ですよ。私は戦って死にました。ああ、ここは地獄ではありませんから安心してくださいね」

しのぶのような女性が戦って死ぬなど、一体しのぶはいつの時代の人なのだろう。地獄ではないのはよかったが、本当に地獄が存在するのが怖すぎる。与えられた情報量に困惑しつつ、私はしのぶの言うことを信じてきていた。

「普通ここへは川を渡って来るんですが、あなたはいきなりここに倒れていたので驚きました。あなた、一体どうやって死んだんです?」
「いや、私はまだ死んでないんです」
「ここへ来たばかりの方はみんな初めは戸惑います。しかしあなたは亡くなったんですよ」
「だから死んでないんですってば! 気付いたらここに寝てたんです!」

思わず大きな声を出すと、しのぶは可哀想なものを見る目で私を見た。しかし変だと言いたいのはこちらの方である。いきなり何もない場所に連れて来られて、スピリチュアルなことを教え込む女性がいる。これが何かのドッキリならば早くネタバラシをしてほしい。もしくは、泊まった旅館がいわくつきで何かの怪奇現象に囚われてしまったのだろうか。いずれにしろ、元の世界に戻してもらわなくては困る。

「私は本当に寝ていただけなんです。間違ってこの世界に来てしまったようで……元の世界に帰れるように協力してください。お願いします」

私はそう言って頭を下げた。しのぶは少し考え込んだようだったが、「確かに、それなら突然ここに倒れていた辻褄も合いますね」と納得してくれたらしい。しのぶの理解に感謝しつつ、私はしのぶの次の言葉を待った。現在、私が元の世界に戻れるかどうかはしのぶにかかっている。

「私の知り合いで何かと詳しい人がいるんです。その人の元へ行きましょう」

私に背を向けたしのぶに合わせ、私も立ち上がる。その人に会うことで、元の世界に戻れるかもしれない。私は「お願いします!」と言いながらしのぶの後についた。