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しばらくは立ち竦んだまま何もできなかった。ただ目を見開いて、それしか能がないように無一郎を見つめていた。まるで世界に私と無一郎二人になったかのようだった。私は無一郎に「何やってんの。ついてきてって言ってるんだけど」と言われてようやく足を動かした。

私が知っている無一郎より少し背が低く、幼いだろうか。それでも顔が、声が、私の知っている無一郎そのものだった。かつての恋人とあの世で会うなど、悲しいこともあったものだ。

「無一郎……」

その言葉に反応したように振り返った無一郎は、初めは嫌そうにしていたものの、私が泣いているのを見て驚いた様子だった。私は涙で滲む視界の中で無一郎を見た。別れたけれど、決して嫌いになったわけではなかった。私と決別してからも、どこかで幸せに暮らしてほしいと思っていた。それが死んでいたなんて、私にはショックだ。無一郎が死んだことで無一郎のことを今もなおこれほどにまで好きでいることに気付かされたのは、もっとショックだ。

「何泣いてんの」
「だって無一郎、死んじゃったんでしょ……?」

私が涙混じりに言うと、無一郎は歯切れ悪く「そうだけど、」と言った。何が「そうだけど」なのだろう。無一郎はまだ若く、これから沢山楽しいことだってあったはずなのに。無一郎の次の言葉を待っていると、無一郎は衝撃的な言葉を発した。

「僕が死んだことで、君に何か影響あるわけ?」
「え……?」
「悪いけど、僕は君みたいな人知らない」

私は思わず口を開けて無一郎を見た。涙はもう止まっていた。今はただ、無一郎としか思えないこの人物が無一郎ではないということを受け止められないでいた。そんな嘘のような話が、本当にあるのだろうか。

「だって……私達は少し前まで付き合ってて……ずっと一緒にいて……」

口の中が酷く乾燥していた。うわ言のように呟きながらも、まるで夢か空想のような出来事が実際にあることは身を持って知っていた。

「僕は君の知ってる無一郎じゃないよ」

淡々と告げる無一郎の前で私はただ立ち尽くしていた。今までの無一郎との思い出全て、今自覚したばかりの無一郎へのしぶとい恋心の全てが否定された気がした。私はこれから、どうやって生きていけばいいのだろう。たった一日の中で、私は二回も同じことに絶望している。