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「……あのさぁ、そろそろ泣き止んでくれない?」

再び出始めた涙は止まることがなく、これには無一郎も困っているようだった。素っ気ないように見えて、私が泣いていると困るのは私の知っている無一郎そっくりだ。容姿も言動も似ているのに、目の前の人は無一郎ではない。触れられる距離にいるのに会えないもどかしさが余計悲しみを引き立てた。

「む、無一郎……」

涙ながらに無一郎を見ると、無一郎は呆れたような顔をしていた。この表情は私もよくされたことがある。私があまりにも長い間意地を張っていたりすると、無一郎は決まってこの顔をするのだ。

気合いと迷惑のかけたくなさで涙を止めると、無一郎は私を一本の木の下に案内した。案内役というからてっきりこの世界での家や食事処に連れてきてくれるのかと思ったが、ここは一体どこなのだろう。無一郎を見ると、無一郎は木に手を当てて口を開いた。

「この世界では、お腹も空かないし眠くもならない。食事や睡眠の必要がないんだ。だから好きな場所で好きなことをしていればいい」

食事や睡眠が必要ないということには驚いたが、ここが死後の世界だということを考えればまだ理解できる。要するに適当に彷徨っていればいいのだ。だが、それならば何故無一郎はこの場所に案内したのだろう。

「ねぇ、何でここなの?」

無一郎に尋ねると、無一郎は遠くを見ながら言った。

「ここが僕のお気に入りの場所だから」
「……何で無一郎のお気に入りの場所に連れてきてくれたの?」
「案内役を頼まれたんだから、僕の目の届く範囲に置いておく方がいいでしょ」

私の淡い期待を打ち砕くかのように、無一郎は冷静に告げた。この言い方だと、無一郎は普段別の場所にいるのだろうか。既に背を向けている無一郎の方を見ると、無一郎は「ついてきたければ、ついてくれば」と言った。その言葉に甘えて、私は無一郎の隣に並ぶ。

「ねぇ、無一郎が私の知ってる無一郎じゃないならさ、こういう風に無一郎って呼ばれるの嫌じゃない?」
「嫌だけど、どうせ言っても変えないつもりでしょ」
「あはは、バレた?」

一瞬、私の性格を見抜いている無一郎にどきりとした。まるで昔から私を知っているような、私と付き合っていた無一郎のような言い方をしたからだ。だが現実は変わらないし、私はここで生きていくしかない。無一郎の隣でとりとめのない話を次から次へと話していると、無一郎は毎回きちんと返事をくれるのだった。