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無一郎との付き合いは唐突だった。一目会っただけの私の何を気に入ったのか分からないが、無一郎は淡々と私のことを好きである旨を告げた。その言葉通り無一郎は私のことを大事にしてくれたし、一緒にいて居心地がよかった。今までのどの彼氏よりいい人に巡り合えたと思った。けれど無一郎を知れば知るほど、私は無一郎は私でない誰かを見ているのではないかという気に襲われた。最初は見て見ぬふりをできたものの、無一郎と過ごすごとにその疑念は増してゆく。無一郎の私への想いを疑っているのではない。きちんと愛されていると感じる。それでも無一郎が本当に好きなのは、別の人である気がした。

よく晴れた春の日私は無一郎に別れを告げた。無一郎は理由を聞くでもなく、ただいいよと言って別れを了承した。私達の関係とはそんなものだったのだと思うとどこか寂しい気がした。それから私は一人に戻り、また人並みに恋愛をした。

睡眠時間がない分、現世で言えば夜であろう時間帯に考えてしまうのは無一郎のことだった。名前も顔も同じなのに別人だなんて不思議な話だ。それに性格も同じならば私は完全に現世と彼世の無一郎を重ね合わせてしまう。それが彼世の無一郎にとって、迷惑だとは分かっているのだけど。

一人になってしばらくが経ち、今はきっと昼の時間なのだろうと思いながら辺りを歩いてみる。と言っても私は無一郎のいる場所しか知らないので、行く先は必然的に無一郎の元になるのだが。

「おはよう」

自然と口を突いた言葉を声に出すと、無一郎は不思議そうな表情をした。

「その言葉聞くの久しぶりだなぁ……君はまだ生きてるんだっけ」
「生きてるよ!」
「そっか。おはよう」

無一郎が挨拶を返してくれたことに安堵しつつ、私は無一郎の傍に寄った。この世界での過ごし方はまるで分からないので、私は無一郎に従うしかない。無一郎は私に背を向けると、徐に歩き出した。その後ろをついてくる私のことをどう思っているのだろうか。無一郎は嫌ならはっきり言う性格だし、この無一郎も私の知っている無一郎と同じタイプだ。私は無一郎の後ろをそろそろと歩きながら、この許可されているかも分からない散歩を楽しんだ。前に私がいた所は暗闇ばかりだったが、無一郎に連れて来られた場所は比較的明るく、草や木も生えている。周りを見渡していると、無一郎は唐突に立ち止まった。何だろうと思っていれば、しばらく聞いたことのない水の音が聞こえてくる。

「……川?」

思わず声に出した私に、無一郎は前を向いたまま語り出した。

「そう。みんなこの川を渡って、この世界に来る」

そういえばしのぶも似たようなことを言っていた気がした。死人がみんな渡る川。さしずめこれは、三途の川というところだろうか。ぼうっと川を見ていた私の方へ、不意に無一郎が振り返る。

「君はどこから来たの?」

そう言う顔は今朝記憶の中で見た無一郎の顔とそっくりで、もう慣れたはずでいたのにまた胸が酷くざわついた。