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「で、僕達付き合ってた時はどんな感じだったの?」

私は現在、元恋人と同じ顔と同じ名前と同じ性格の人間――しかし中身は違う人間――に詰め寄られている。私とこの世界の無一郎は言ってしまえば他人なのだから過去の恋愛くらい簡単に言えるが、それが話題に上っている元恋人と瓜二つの人となれば話は違う。まるで本人に打ち明けているような気恥ずかしさが伴うものだ。

「えっと……多分無一郎が生きてた時代よりも後の時代かな……」
「ふーん。で、僕とはどうだったの?」

適当に誤魔化してみてもまるで通じない。そんな所まで私の知っている無一郎そっくりである。これはもう言うしかないのだろうかと思いながら、私は重い口を開いた。

「告白は無一郎からされて付き合ったよ。後は普通に……休みの日に遊びに行ったり、連絡取り合ったり」
「ふーん」

「遊びに行く」「連絡を取る」と言っても実際私達がしていたのはカフェに行ったりメッセージアプリを使うことだが、もしかしたら今の無一郎がイメージしているのは茶屋に行ったり手紙を交わすことなのかもしれない。無一郎の生きていた時代がいつなのかは分からないが、目の前の無一郎やしのぶがスマートフォンを使っているところはなんとなく想像できない。

「ていうか、生前のことは聞かないのがここでのマナーなんじゃなかったっけ!?」

すっかり話の内容に気を取られていたが、私は大事なことを思い出した。そもそも生前のことはあまり言わないと言ったのは無一郎ではなかったか。無一郎も欠片だけ教えてくれたとはいえ、自分の聞きたいことだけしっかり尋ねているのは狡い。無一郎を見ると、悪戯がバレた子供のような顔をしていた。

「自分とそっくりな人間と付き合ってたって聞かされたら気になるものだよね」
「やっぱりズルなんじゃん!」

言って損をした。ふいと横を向く私に、隣の無一郎が笑うのが分かった。なんだか馬鹿にされている気分だ。無一郎に揶揄われるのは珍しいことではないけれど、こうも久しぶりにされると調子が狂う。

「じゃあ無一郎のことももっと聞いちゃおうかな! 無一郎は彼女とかいなかったの?」
「いなかったよ。あんまりそういうの興味なかったし」

無一郎の答えに私は内心安堵していた。もし「いた」などでも答えられたら、それはそれで気になってしまうものだ。

「じゃあこの無一郎は恋を知らないんだ?」

私が勝ち誇ったように言うと、無一郎は少し考え込んだ後前を向いたまま口を開いた。

「知ってるよ」
「えっ、そうなの?」
「人生、最後まで何があるか分からないよね」

無一郎の最後は人を助けて死んだというから、きっと可愛い女の子でも守って死んだのだろうか。私が好きなのはこの無一郎ではないと分かっているが、何とも居心地の悪い気分だ。気を揉んでいる私の隣で、「ていうかさっきから言おうと思ってたんだけど」と無一郎が口を開いた。

「浴衣の合わせ目から下着見えてるよ。未来の人って、そういうの着けるんだね」

思わず浴衣の合わせ目を手で覆った私は、そのまま無一郎を睨んだ。無一郎は私を揶揄う時によくする、小気味いい表情をしていた。

「君って浴衣の着方下手だよね」

そう言った無一郎に、私は「現代人なんだからほっといて!」と叫んだのだった。