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お兄さんのボードに乗り、私は島へと上陸した。お兄さんの名前はエースというらしく、今は食糧を調達している最中なのだという。エースはスーパーのような所へ行くと、「ありったけくれ」と言って金貨を置いた。生まれてからそんな豪快な買い物をする人を見たのは初めてだ。言葉通りありったけの食糧を袋に詰め、エースは軽々と背負って歩き出した。私もその後を追う。

少し街を歩いてみて、やはり私は異世界に来てしまったのだと確信した。言葉は通じるが、まず貨幣が違う。それから街並みも日本とは違った。どちらかと言えば外国の市場のような見た目だが、中世……とまではいかなくとも少し昔のような雰囲気を感じる。私が持っていたような携帯電話や家電製品の類は一切なく、人々は人力で生活していた。となるとますますエースのボードが何で動いていたか謎なのだけれど、それは後で聞けばいいか。

もう日も暮れたことだし、私はエースに連れられてホテルに入った。あまりにも自然すぎて気付くのが遅れてしまったくらいだ。私ももう大学生であるし、経験がないわけではない。しかし、恩人とはいえこんな行きずりの人と、ホテルに泊まるような関係になっていいのだろうか。葛藤しつつも、この世界のお金などない私はエースに従うしかないのだった。

「先風呂入っていいぞ」

荷物を整理しながら、いつもの親切な表情でエースは言う。エースはやることがあるようだし、私は有難く先にお風呂を頂くことにした。流水を浴びながら、考えるのはエースのことばかりである。これから、私達はそういう仲になるだろう。体を念入りに洗い、私は風呂場を出た。まさか異世界でイケメンに出会いホテルに泊まることなど考えていなかったから今の私の下着は二軍だ。こんなことなるなら一軍を着けてくればよかったと思いながら私はエースに「お風呂空いたよ」と告げた。

「おう。入ってくる」

エースが腰を上げ、浴室に向かう。タオルは持って行かなくていいのだろうかと思ったが、男の人はすぐに乾燥できてしまうのかもしれない。私が緊張しながらベッドに座っていると、烏の行水とでも言うべき速さでエースは出てきた。出会った時から半裸であるものの、風呂上りに見るとこう、いやらしい。半裸のエースと二つ並んだベッドという光景に耐えられなくなった私は飛び上がると部屋の出口へ走った。

「わ、私飲み物買ってくるね!」

後から考えれば私はこの世界での通貨など持っていないのだから飲み物を買えるはずもないのだが、とにかくこの時の私は焦ってまともな思考もできなかった。ホテルのロビーの椅子に座り、深呼吸を二度ほどする。たとえ行きずりだとしても、私はエースに世話になっているのだ。これくらいしなくては申し訳ない。むしろ、あんなイケメンとできるなんて私はついている方だ。エースも今頃待ちくたびれているに違いない。私は意を決してロビーを出ると、部屋へ向かった。

戦場にでも赴く気持ちで私は部屋のドアを開ける。そこには既にエースがベッドの上で座っていて、気障な台詞を吐くに違いない。そう信じていた私は、目の前の光景に呆気に取られることになる。

「は……?」

エースは窓際のベッドに収まり、健やかな寝顔で眠りこけていたのだ。まるで最初から何もする気がなかったかのように。私はしばらくその場で脱力すると、エースに近寄って間近でエースの寝顔を睨んだ。変な緊張と期待をさせやがって、このイケメンめ。ここで何もしないエースが良い人だということは分かっているのだが、ならばこれまでの私の緊張はどこへ行くのだろう。エースを睨みつけた後、私はもう一つのベッドに潜り込むとエースに背を向けて寝た。