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エースの言葉に呆気に取られてしまったが、周りを見渡してみればそんな状態ではなかった。多くの男達が手を止め、私達のことを見ている。そりゃあ私は海賊ではない一般人だし、もっと言えば異世界人なのだから当たり前だろう。エースの陰に隠れるように俯いた時、一同から声が上がった。

「エースが女を連れてきたァ!」

どうやら問題は、私が部外者であることではなく女であることにあるらしい。私が瞬きをしながら甲板の様子を見ていると、隣のエースが鬱陶しいという様子で声を上げた。

「うっせェ!」

そして私の腕を掴み、ずんずんと船の中を歩く。どこへ連れて行かれるのかと思ったが、エースが立ち止まったのは大きな扉の前だった。

「今から会うのはおれのオヤジ……この船の船長だ。すげェ覇気だから気をしっかり持てよ」

覇気とは何だっただろうか。気をしっかり持てと言われたが私の覚悟ができるより早くエースは私の腕を掴み、「オヤジ、入るぞ!」と扉を開けてしまった。

中にいたのは、大きい、としか言い表せないような男性だった。勿論体も大きいのだが、オーラというか、人間の器のようなものもとても大きく感じる。なるほどエースが気をしっかり持てというわけだ。

「オヤジ、コイツ訳あって……いや、異世界から来て困ってんだ。おれは一度手を貸したからには最後まで面倒見てやりてェ。この船に乗せるわけにはいかねェか」

オヤジと呼ばれた男性は真っ直ぐにエースを見下ろしていた。重い沈黙に、私の胸が脈打つのが分かる。だが男性は話にならないというように目線を逸らして酒を飲んだ。

「お前が女連れてくるのには驚いたが……船に乗りたいって奴が、てめェの口で請うこともできねェのかよ」

少しの間を空けて、私がなじられているのだと分かった。確かにオヤジさんの言う通りだ。船に乗るところまでエースに頼ってどうする。私は覚悟を決めると、エースの前へ出た。首が痛くなるほどの身長差を実感しながら、オヤジさんへ必死に語りかける。

「苗字名前です。元は日本という国から来ました。この世界は初めてで、他に行くあてがありません。どうか私を、船に置いていただけないでしょうか」

オヤジさん、エース、それからオヤジさんのそばに控えているやたら挑発的な服を着たお姉さん、複数の視線が私に刺さるのを感じた。私はこの船で何ができるのだろうか。元の世界でも大して人の役に立てなかった私が実力主義のこの世界で何かできるとは思わない。だが、今は何をしてでもここにしがみつかなきゃいけない。私が頭を下げてしばらく、オヤジさんはまた酒を飲みながら言った。

「使えねェ奴はこの船にはいらねェ……試しに次の島まで乗せてやる。そこでお前の有用性を見せてみろ」

それが私の願いに対する肯定の返事だと理解するまでにややかかった。顔を上げれば、至って平然としているオヤジさんがいる。私は思わず後ろを振り向いてこの嬉しさをエースと共有した。エースは太陽のような笑顔で私を祝福してくれている。「話は終わりだ」と言うオヤジさんに一礼して、私は部屋を出る。廊下で私はエースに肘で小突かれた。

「やったな! 次の島までだけど、それまでになんか見せられればいられるじゃねェか」
「うん、頑張る!」

私はハイタッチやハグでもしたい気分だったが、エースは男だということを思い出しやめた。もっとも、エースはそれらの行為をしても全く気にしなさそうではあるけれど。こうして私のモビーディックでの仮住まい生活が始まった。