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それからの私の日々は、雑用、訓練のサイクルになった。能力者とはいえ、戦闘では役に立たないので下っ端には変わりない。そんな私の面倒を見てくれるのだからエースには頭が上がらない。その度に「ご熱心なことで」と揶揄われてしまうのでいたたまれないが、エースが「連れてきた者として面倒見てるだけだ!」と反論している。どちらにしても――と言ってもエースがみんなの言うような理由で私を構っているわけではないのは明らかだが――隊長格のエースに訓練の相手をしてもらえるのだから贅沢に変わりないだろう。エースには能力を使った体から実体になる感覚を教えてもらい、無事できているかどうかはエースに触れることでテストしている。

「うーん、まだだな」

エースは床から立ち上がりながら言った。私が成功しない限り毎回エースを脱力させてしまうので申し訳ない。

「まあそのうちできるようになんだろ」

そう言っていたエースの背後から一人の男性が近付いた。あの男性は確か、ビスタさんだ。

「名前、初めまして。エース、隊長会議があるの忘れたのか」
「やっべ! 忘れてた!」

やってしまったという表情のエースに対し私は呆然としていた。何故私は初対面のビスタさんの名前を知っていたのだろうか。エースや他の誰かから聞いていたような覚えもない。一体これは何度目のデジャヴなのだろう。

「次に上陸する島ではおれ達五番隊が船番になった。エースはこの間買い物に行ってたし、好きに動いていいぞ」
「よっしゃ! おい名前、おれが連れてってやるよ。海賊としての島の歩き方を教えてやる」
「あ、うん」

何故ビスタさんの名前を知っていたのかとばかり考えていた私は締まらない返事をした。しかしエースは島で自由に動けることに大層喜んでいるようで、何をしようかと今から考えていた。私もビスタさんの件について考えるのはやめ、素直に心躍らせた。


「じゃ、おれ達も行ってくるな」
「見張りは任せとけ!」

「あの二人すっかりセットだな」という声を背後に聞きながら、私はエースに連れられてモビーディックを飛び降りた。というより、ただエースの小脇に抱えられて地面まで行っただけだ。エースは私を地面に下ろすと、服の上から私の腕を握って引っ張った。

「島に上陸したらまずはメシ屋だ! ついてこい!」
「うん!」

モビーディックの食堂も美味しいが、食いしん坊なエースの選ぶ食堂は負けず劣らず美味しそうだ。エースに連れられてやってきたのは、大衆食堂という雰囲気の料理屋だった。これでもかと食べ物を口に詰め込みながら、エースは得意げに語る。

「島では海軍に気を付けろ。名前はまだ上手く能力を使えねェから能力は見せんなよ」
「うん! 能力がバレた時はどうすればいいの?」
「逃げる!」

そう言ってエースは再び私の腕を掴み、「ごちそうさまでした」と料理屋に向かって一礼した後走り出した。いつの間に食べ終えていたのだろうか。これでは食い逃げだ。

「エース! 食い逃げなんかしないで戻ろうよ!」
「いいんだよ! お前も共犯だ!」

そう言って笑うエースを見ていたら何だかどうでもよくなってしまった。もう私はただの大学生ではない。海賊なのだ。よく晴れた空に、店主の怒号と私の笑い声が響き渡った。