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「何笑ってるの?」
「ゲッ、ローの女!」

私の表情に怒られることを察知したのか、シーザーはそう言って私から遠のいてみせる。だが次の瞬間には手を口元に当て、得意げな表情で言ってのけた。

「あのガスの名は『KORO』……! おれが作った殺戮兵器だ」

サンジ、チョッパー、私からそれぞれ一発ずつシーザーに拳が入る。勿論ちゃんと痛みを感じるように覇気付きだ。

「何待ち合わせ場所の島崩壊させてんの!?」
「お前の能力で中和できるだろ! すぐやれ!」

そう言えば本当に中和ガスを生み出せてしまうのだから凄い。シーザー自身の化学の知識もあるとはいえ、トラ男君はこんな男と対等に渡り合ってパンクハザードで暮らしていたなど恐ろしいものだ。私ならば三秒で殺されてしまいそうだ。今は仮初の仲間であることに感謝しながら、私達は被害の大きい地域へと入った。その時、ナミ達がいる方で大きな物音がした。

「何してるの!?」
「いたた! おれを引っ張るな!」

見たところ、ナミにミンク族の戦士が攻撃しているようだった。戦士はもう疲弊しきっているものの、これ以上島を荒らされてはなるまいと剣をふるっている。私達に戦意はないのだから戦う道理はない。戦士だって、戦う体力はもう残っていないはずだ。

「ガスが撒かれてもう一日経過してる! 国中の奴等を助けるには一秒だって惜しいんだ! おれは医者だ! 言うことを聞いてくれ!」

チョッパーの本気さはミンク族の戦士にも伝わったようだ。戦士は震えた声で「助けてくれるのか……?」と言った。獰猛だと言われているミンク族だが、現時点で私達に敵意がないのは分かっている。

「誰一人見捨てない!」

ナミの言葉通り、ミンク族の大救出作戦が始まった。このガスの作成者であるシーザーは不本意だろうが大働きだ。船医であるチョッパーも寝る間を惜しんで調合に勤しんでくれた。私はナミやサンジと共に救護・手当てチームだったものの、二人の姿を見ていると医者とは凄いものなのだと感心してしまう。ここにトラ男君がいればさらに大助かりだっただろうが、トラ男君はゾウでミンク族を助けるよりドレスローザでドフラミンゴと戦っている方がいいと言うだろう。私もまだトラ男君の全てを知ったわけではないが、トラ男君を海賊や戦いに駆り立てる「何か」があるのだろうと感じていた。もっとも、パンクハザードで子供達を助けていたあたり見ず知らずの人を助けるのは決して嫌いではないのだろうけれど。

「お前本当に心臓が戻ったら覚えとけよ……」
「今は人手がないんだから働く!」

不本意ながらシーザーの心臓を預かるのは私となり、シーザーの心臓が脈打つ様を時折眺めながら救護活動に徹した。ルフィに無理やり小舟の中に突っ込まれてから二年間海賊をやってきたが、ここまで壊滅した島は見たことがない。頂上戦争は今のゾウに匹敵する酷さだったのかもしれなかったが、私は行かなかった。仮にも一緒に育ったエースを救いに立ち上がらなくていいのだろうかと迷う私に、ルフィが言ったのだ。

「お前は、弱ェだろ」

間違いのない事実であり、それが私を女ヶ島に留まらせる口実になった。エースの死は勿論辛いけれど、あの二年間がなければ私は新世界でとっくに死んでいただろうし、私とルフィの命はエースに守られたにも等しいのだ。エースが死んで私が生きてよかったのか、今でもたまに迷いそうになる。こんなことを言ったらルフィに怒られるだろうから言わないけれど。

「私が救える命は、全部救うからね」

今誰かの命を救ったってエースが蘇るわけではない。これは単なる自己満足だ。そうは分かっていても、脳内に浮かぶエースの姿をかき消しきれないのだった。