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 それから数日、私は花の都を調べていた。護衛に関する情報は手に入るが、カイドウについての情報はなかなか難しい。ローと会っても、ローから情報を共有されてばかりだ。

 その晩もローと落ち合わせることになり、私はローが来るのを待った。その時、あるアイデアが思い浮かぶ。私達はスパイだ。話す内容も秘密なら、情報を集める時だけではなく共有する時も能力を使えるのではないかと。

「”凪”」

 私はローを認め、空間そのものを能力で遮った。ローは驚いていたようだが、理解したのか今日手に入れた情報を話す。その全てが終わっても、私は能力を解かなかった。ローは気まずそうな顔をしてこちらを見た。

「やましいことをしてると思われるだろうが」

 そのつもりはなかったが、確かにもう話題もないのに能力を使っているとやましいことをしているみたいだ。この場に能力を知っているのはローしかいないのだから、ローがどう思うかの問題なのだろうけれど。

 私は興味本位でローに手を伸ばした。その手のタトゥーを、指でそっと撫でてみる。

「やめろ!」

 ローはどちらかと言うと恥ずかしがっているような雰囲気で、さっと手を引っ込めた。

「嫌がっても助けは来ませんよ〜」

 私は悪代官のような顔になり、ローに手を伸ばす。ローは避けるが、私は楽しくなってしまう。

 実力でやれば、私がローに勝てないのは明らかである。そのローをここまで弱らせられるのだと思ったら、下剋上でも成し遂げたような気分だ。

「やめろ」

 私は遂にローに両手首を掴まれ、手を上げさせられた。先程までは私が優勢だったのに、一瞬にして逆転してしまったような気がする。ローがじっと私を見ている。ついでにこの場は無音なのだと思ったら、変な気分になりそうだ。喉の奥でかすれた音がする。どうなってしまうかと思われた時、ローは不意に腕を離して顔を背けた。

「明日もまた来る」

 その言葉に、期待してしまうのはどうしてだろう。

「あー、ルフィ達早く来ないかな」

 来たら戦いの日程が早まるだけなのに、私は口走っていた。当たり前のように隣にいるローは、小さく笑った。

「うるさくなりそうだな」

 心のどこかで、おれは麦わら屋に希望のようなものを見出していたのだろう。ドフラミンゴに勝ってくれたから。結局、とどめを刺してくれたのはあいつだったから。麦わら屋がいれば、カイドウも、四皇も全て怖くないのではないか。知らない間に、おれはこんなに楽観的になっていたのだ。それほど麦わらの一味が――名前がおれに与えた影響は、大きかったのだ。

「どうしよう」

 名前の声が、震えていた。おれはその手を握ってやりたくなったけれど、そうすることはできなかった。麦わら屋でさえカイドウに勝てなかった今、おれが勝てるかは怪しい。ただでさえ正面きって姿を現すべきではない今、おれは名前の望むことをしてやれない。おれは名前の、ヒーローになれない。

 地べたに横になる麦わら屋にカイドウの視線が行く。おでん城跡だって、カイドウの攻撃を受けている。

「ローならなんとかできるでしょ! なんとかしてよ!」

 名前はおれの胸板を叩いた。その信頼が虚しかった。おれはそれほど名前に買われているというのに、何もできないのだ。おれは名前の手をそっとのけて、自分のために走り出した。


 ルフィがやられてから、ローとはあまり言葉を交わしていない。ナミ達と落ち合って、情報を共有して、それで終わり。同盟を結んでいる海賊との距離感なんてそれでいいはずなのに、どうして心が落ち着かないのだろう。一味と一緒にローがいても、うまく話をすることができない。他のみんなもそれを察したのか、もうからかってはこない。

「捕まっても何も喋らず殺されろ。ウチはドライなんだ」

「怖ェよ!」

 例えば私が捕まっても、ローは助けに来てくれないのだろう。それが普通なのかもしれない。私は諜報活動を進め、討ち入りに向けて準備した。一方で、こんな出来事が起こっているとも知らずに。

「仲間を囮にされているのに、何だその余裕は。トラファルガー」

 ワノ国にひっそりとある牢屋の中、ローは笑った。

「”最悪”の事態になっちゃいねェ……!」

 何かと「最悪」の言葉に縁があるローのことだ。ホーキンスは、心底不気味に思ったという。