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「助けて〜〜!」
「ナミ!」

どうしてあの場へ残ることが安全だと、私は信じ込んでいたのだろう。数十分前まで一味がいたはずのその場所でナミは大男に体を掴まれていた。思い出すのは出発する前に交わしたやり取りだ。私もここに残ったとして、あの大男に立ち向かうことが出来ていただろうか。立ち止まる私の横を、一つの足音が駆け抜ける。

「おれはナミを追う!」
「おれも取り返しに行くぜ!」

ルフィに次いで駆け出したのは、チョッパーの体をしたフランキーだった。その瞬間体をよぎった嫌な予感は見事に的中し、目の前の光景がカオスへと変わる。

「ランブルボールはいざっていう時にとっとけって言ったろー!」

咆哮を上げたチョッパー、もといフランキーはルフィ達の方へと襲いかかる。その攻撃をルフィが慌てて避ける。状況は思ったより悪い。

「……私、行ってくる」
「……おう、頼む」

ウソップの声を受け、私はまた雪山へと走り出した。本日二周目の登山である。一味では若い方であるが地味に体がキツい。ナミを追ったルフィを追ったフランキーを追っていると、一際大きな轟音がした。間違いない。ルフィだ。私は方向を定め走り出す。いつだってルフィは大きな騒ぎの中心にいる。それは、昔から変わらないことの一つだった。

「……ルフィー!」

雪山の峠へ達し、目の前の視界が開ける。そこに広がっていたのはまたもや混沌とした光景だった。

「イヤ〜〜! 助けて〜〜!」
「ごめんなフランキーとチョッパー! ……象銃!」

大男の拳の中で叫んでいるナミに、ルフィへ襲いかかるフランキー。それを宥めようと大技を繰り出すルフィ。予想できたことではあるが、いざ前にすると目を覆いたいほどだった。この混沌を私はどうにかできるのだろうか。とりあえず、ルフィとフランキーの間に割って入るのは無理だ。せめてナミを奪い返すか、連れ去られたナミの後をこっそりつけるくらいだろう。

戦闘は苦手だ。私の体術などたかが知れてるし、何か特別な武器があるわけでもない。私の能力は戦闘向きではない。だけど仲間のためにやらなくては。私が重い足を一歩踏み出した瞬間だった。突然、大男の体が真っ二つに切れた。

「……え?」

呆気に取られている間にもそれは動き、残りの一体に電流を流す。大男は簡単に地に伏せて、ナミの体は解放された。ようやく顔を上げた彼の顔をよく見る。間違いない、彼はここへ来た際に出会ったトラ男君だ。私はルフィ達の元へ行くのも忘れてトラ男君達を眺めた。何故そうしたのかはわからない。先程の恐怖をまだ引きずっていたのか、彼らの会話に私が入るべきではないと思ったのか。恐らくは後者だ。私は無意識にルフィ達のような強い人間から身を引きたいと思っているのだろう。その原因が自分の弱さへのコンプレックスであることは言うまでもない。

「ルフィ! 話終わった?」

トラ男君とルフィの話にひと段落がついた頃、私はルフィ達の元へと向かった。隣には未だフランキーの姿のままのナミが顔を青ざめさせている。どうやら体を元にしてもらうことは叶わなかったらしい。が、原因はそれだけではないようだ。

「四皇を倒すって、アンタ何考えて……!」
「いつか倒すんだからいいだろ」

ルフィは至って平然としている。その言葉から察するに、トラ男君とルフィが話していたのは四皇の誰かを倒す作戦らしい。気が遠くなりそうな話だが、こんなことにももう慣れた。何せ私はルフィの幼馴染だ。

「まぁいいや。早く合流しよ」

優先するべきは一味である。トラ男君とルフィがどんな約束をしていようが、私は仲間の危機にはそちらへ駆け付ける。行って何が出来るのかはわからないけれど、それでも見捨てるような真似はしたくない。一度振り返ると、見事にトラ男君と目が合った。その濡羽色の瞳は何を考えているのかまるでわからない。目を逸らすでも、何か話すでもなくただただこちらを見ている彼に私まで口を開けなくなる。
二人の間にだけ異様な空気が流れていた時、私はルフィの声に目を覚ました。

「おっし! じゃあ戻ろうぜ!」
「そ、そうだね。早く戻らなきゃ」

無理やり彼から目を逸らし、視界に入れないようにして私はルフィの横へ並ぶ。トラ男君の目に今の私はどう映っているのだろうか。今でもやはりこちらを見ているのだろうか。だとしたら、一体どうして。
不安と恐れを感じながら、雪の中へまた一歩進む。