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首から上のみのヴェルゴがこちらを眺めているのを見ながらトラ男君は本当に趣味とかそういうものからヤバい人なのかもしれないと思った。普通敵を殺さずに分解して柵にくくりつけるだろうか? 何事もなかったかのように二人の後ろをそろそろとついていくと、トラ男君が前を向いたまま言った。

「何でこんな所に来やがった。仲間は」
「あ、えーっと……気付いたら」
「チッ……おれの視界から外れるな!」

トラ男君の言葉に私は竦み上がり、スモーカーは訝し気な顔をしていた。同盟を結んだとはいえ、今日会ったばかりの私達が何故そんなことを言う仲なのか不思議なのだろう。残念ながらその理由は私にも分かっていない。今日初めて会ったというのに、何故か出会い頭からガンを飛ばされ、必要以上に私のことに関わろうとしてくるのだ。トラファルガー・ローは残虐な死の外科医だと聞いていたが、一度仲間と認めたら案外情に熱い人なのだろうか。それともただ仲間のくせに弱い者に苛立っているだけなのだろうか。恐らく後者だろうなと思いながら私は二人の後を追った。

ビビり同盟のメンバーと離れてしまったのは心もとないが、七武海と海軍准将がついていると思えば大船に乗った気分だ。しかも何故かトラ男君は私を守ってくれる気でいるらしい。これは無事にこの島を脱出して、トラ男君に何故私にガンを飛ばすのか聞くことも夢ではない。私は先程よりいくらか軽い足取りでトラ男君を追った。その先にあるのは、大きなトロッコである。

人が何十人も乗れそうなそれに私は童心に返ったかのように口を開けトロッコを見上げていた。先程から行動を共にしていたスモーカーとトラ男君と私だが、この建物に一番詳しいのはここに住んでいたトラ男君だ。てっきり秘密の抜け道のような所に案内されるものだと思っていた私は、トロッコで脱出するという古典的な、しかし映画のような方法に呆気に取られていた。

「今からこれを麦わら屋の元へ運ぶ」

そう語るトラ男君は先程まで戦っていたとあり、疲弊した様子で血を流している。まさかとは思うが、これを人力で運ぶのだろうか。棒立ちになっている私をよそに、トラ男君はトロッコに紐を二つ括り付けていた。「お前も引け」と言われたらバレない程度にサボろうと思っていたがどうやら最初から戦力に入れられていなかったようだ。よかった。紐を持ったトラ男君の隣に並ぶと、「重くなるから乗るな」と釘を刺された。

「乗るわけないし!」

流石の私もそこまではしゃがない。というより、女性相手にその発言はどうなのだろうか。先程ヴェルゴから庇ってくれたことで発した胸のときめきのようなものが消えてゆくのを感じた。トラ男君はゲームオーバー、また一からやり直しです。

私がそんなくだらないことを考えている間にもトラ男君とスモーカーはトロッコを引き走る。トラ男君に至ってはその細い体のどこにそんな力があるのだろうかと疑ってしまうほどだ。トロッコが引きずられる重厚な音を聞きながら絶対に私一人が乗ったところで大して変わらないよなと思った。だからと言って乗ろうとは思わないけれど。

トロッコは無事R棟に辿り着き、他の一味のメンバーとも合流した。普段は振り回されてばかりの幼馴染だが、こんな時に見ると心の底から安心するものである。毒ガスの迫るこの建物において、脱出する方法はR棟から続くルートをトロッコで辿るのみ。早く脱出したいトラ男君と仲間を待ちたいルフィで早くも意見が衝突した。

「何してる! 全員急いで乗れ!」
「仲間がまだ来てねェ!」

脱出を急ぐトラ男君の気持ちも分かるが、今回ばかりはルフィと同意見である。一味が全員揃うまで脱出はできない。

「こうなったルフィは頑固だから諦めた方がいいよ」

トラ男君の方を向いて言うと、トラ男君は煮え切らない表情でむんずと私を掴んだ。

「お前だけでも先に乗ってろ!」
「な、何それ!」

麦わらの一味は全員揃うまで出発しないと言ったばかりなのに、いざとなったらトラ男君は私や子供達だけを乗せて脱出する気なのだろうか。それでは折角結んだ海賊同盟も意味がない。トロッコの中から顔を上げると、ちょうどよくチョッパーやブルックが飛び込んできた。

「間に合った〜!」
「よし揃ったな! とにかく乗れ!」
「だからそう言ってるだろう!」

必死の表情で口を挟むトラ男君を無視し、ルフィは手を掲げて言った。

「急げー! 逃げるぞ野郎共!」

次々と乗り込んでくるみんなと再会の挨拶を交わしていると、ルフィが「ん? 何でもういんだ名前」と言った。確かに傍から見れば私は仲間を置いて一人トロッコに乗り込んだ薄情者だ。だがこれにはそれなりの訳があるのである。

「トラ男君に無理やり突っ込まれた」
「ふーん、仲良いんだなお前ら」

トラ男君は私のことを気にかけてくれているのかもしれないが、果たしてこの状況を仲が良いと呼べるのだろうか。トラ男君が私を気にかける訳、その理由は無事にここを出たら教えてもらえる。私は無事に脱出できるのかというスリル、それから未来への少しの期待を抱きながらトロッコに揺られた。