▼ 8 ▼


瓦礫が飛んできたりドフラミンゴの仲間がやってきたりしたが、仲間のおかげで無事に私は外の空気を吸えた。トラ男君が隣に座ってきた時はどうなることかと思ったものだが、結局一番安全なのは強者のそばなのである。七武海様の隣となれば私の安全は保障されていることだろう。トロッコを降り、私達は戦いが終わった宴を始める。最初は海賊と海軍の境界線が引かれていたが、宴と医療に関してはそんなものは関係ない。子供達の手当てにはチョッパーだけでなくトラ男君も携わっていたようなので、世間一般の残忍なイメージとは少し離れた人物なのかもしれないなと思った。

私の酒の肴は早く島を出るべきだというのに呑気に海軍と宴をしているトラ男君の表情である。本人の元に行っていじる度胸はないが、トラ男君がルフィに翻弄されている様子は見て飽きない。私は昔からのことなのでもう慣れてしまったが、トラ男君のような寡黙なタイプの人間にはさぞかし衝撃であることだろう。

初めは唖然と見つめていたトラ男君だったが、諦めた様子でスープを取り、境界線の近くに腰を下ろした。同じく境界線付近に座ったスモーカーと何か話をしているようだったが、私のいる場所からでは話は聞き取れない。食べ物のおかわりをするふりをして聞きに行ってやろうかとも思ったが、何故私がそこまでトラ男君のことを気にかけなければならないのだろうと思ってやめた。本来はトラ男君が私を気にかけているだけだったのに、これでは立場が逆だ。どうして私にガンを飛ばしていたのか尋ねるどころかトラ男君の周りを嗅ぎまわっていた理由を聞かれかねない。私が慌てて宴に意識を戻すと、唐突にルフィから話を振られた。

「なぁなぁ、名前アレやってくれよ、アレ!」
「私の能力は宴会芸用じゃないんだけど!?」

海軍の前であるし、今回何も活躍がなかった私が宴会でだけ能力を使うというのは憚られるものがある。しかし既に私に期待の目を向けているこの場の空気を壊すのもどうかと思い、私はルフィに能力をかけた。

するとルフィの発する音はなくなり、海軍が驚いてみせる。そんな海軍を見てウソップは手を叩いて笑っていた。ここぞとばかりに音を立てようと物を破壊しまくるルフィに、「やめんか!」とナミが拳骨を食らわせる。麦わらの一味のいつもの光景に、気付けば私も笑っていたのだった。


宴も終わり、今はトラ男君という客を乗せてドレスローザへ向けて航海をしている。何故今私達がドレスローザに向かっているのかという話になると、トラ男君は四皇と七武海の名を出した。この時点でもう退避したいが、生憎作戦はもう始まっているのだという。

「こりゃもうやるしかないよ……」
「名前!? あたし達を裏切る気!?」

正直私とてビビり同盟の味方をしたいが、今回ばかりは仕方ない。作戦を止めるより、このまま作戦を進める方がまだ簡単に思えるくらいなのだ。ナミは私の顔を覗き込むと、訝し気に眉を寄せた。

「なーんかそこの二人怪しいわよね……前から知ってる風というか……実はそういう仲なわけ?」
「違うよ!」

ナミの言う「そういう仲」がどういう仲なのかは知らないが、トラ男君と私はパンクハザードで会っただけの存在にすぎない。ナミとトラ男君の関係と変わらないはずだ。そう表立って主張できないのは、トラ男君にやたら気にかけられている一件があるからなのだけど。

「ていうかトラ男君も否定してよ!」

黙っていてはこの疑惑を肯定しているようだ。先程から無言を貫いているトラ男君に言うが、相変わらずトラ男君は黙ったままだ。やっと口を開いたかと思えば、トラ男君は話の流れを無視した一言を放った。

「名前は」
「名前だけど……」

何故今私の名前を聞くのか分からない。トラ男君は勝手に私に何か因縁めいたものを抱いているようだし、トラ男君の前でも一味のみんなに名前を呼ばれたりしているのですっかり知っているものだと思っていた。わざわざ私に直接聞き直す行為に何の意味があるのだろう。

「名前、出身地は」
「ルフィと同じで東の海だよ」
「その悪魔の実はどこで食った」
「小さい頃たまたま生えてたのを食べちゃっただけだけど……」

この不思議な問答は何なのだろうと思っていたが、トラ男君の真剣な表情を見て身が引き締まった。トラ男君は私に一体何の感情を抱いているというのだろうか。まともに戦闘もできないような悪魔の実を引き当ててしまった、この私に。私を見据えて動こうともしないトラ男君を窺うように見つめ合っていたが、私はふと疑問を感じて口を開いた。

「私は名前屋じゃないの?」
「あァ。お前は名前だ」

麦わら屋、ナミ屋と「屋」をつけて呼ぶことが多いトラ男君だが、私のことは呼び捨てにする。それに何か意味があるのだろうかと考えていると、横からナミが口を出した。

「何よトラ男、名前はなんか特別なワケ?」
「コイツ自身に興味はねェ」
「何その意味深なの」

私を気にかけていることといい、この呼び方といい、トラ男君は不思議なことばかりだ。だがその疑問もじきに晴れることだろう。私達は無事パンクハザードを脱出できたのだから。