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「美味い」

北さんから届いた野菜で試作したおにぎりを食べて早々、治はそう口にした。私も勿論美味しいと思ったが、それはあくまで客としての立場であり治ほどの舌は持ち合わせていない。

「てことは?」

私が促すと、治は親指を立てて言った。

「野菜も北さんちから仕入れる」
「よっしゃ!」

思わず口に出してから恥ずかしくなる。だが実際にこの橋渡しをしたのは私だし、農家としての北さんのことも応援しているので別にいいだろう。詳しい取り決めは治と北さんとの間でするようで、その挨拶にまた私が行くことになった。私は北さんの家へ行く日を心待ちにしていた。


私がインターホンを押すと、北さんはラフな姿で戸を開けた。中に通されるのも待ちきれず、私は拳を握って言う。

「やりましたね、北さん!」
「ありがとな。なんか商売人じみてきたな、お前」

その言葉に少し恥ずかしくなりながら、私はまた居間に座る。話すことは主に北さんと治の契約内容の確認で、書類をなぞればすぐに終わってしまった。

「それで、最近どうや」

毎度同じことを聞く北さんに、私は最近のおにぎり宮を思い出しながら言った。

「ええ感じですよ。ちょっと前に北さんの野菜使ったおにぎりも売り始めたところで、新商品とだけあって人気です。お客さんも増えた感じします」

おにぎり宮は北さんのおかげで最近ますます繁盛している気がする。私が前のめりに話すと、北さんは小さく笑って否定した。

「ちゃうよ。お前はどうなんって聞いてるんや」
「私ですか?」

聞き返してみても、北さんはあの祖父のような優しい表情で私を見つめている。そんな目で見られるとまるであの頃に戻ったかのようだ。とはいえ、北さんは私を元恋人兼後輩として気にかけているだけであの頃のような感情はないのだろうけれど。

「元気ですよ。おにぎり宮のおにぎり食べ放題なんで、いつも食べてます。仕事はまあそこそこ」

仕事の部分を誤魔化したのがバレたのか、北さんは小さく笑って「そか」と言った。

「またお前の話も聞かせてくれや」

これは仕事仲間として普通のコミュニケーションだと言い聞かせながら、私は北さんの家を出た。


「どやった?」
「え? ああ、北さんも喜んでたで」

おにぎり宮と北さんの家の商談はきちんと成立したものの、私の様子がおかしいことを治は察知したらしい。しかし何か尋ねることはなく、いつものようにおにぎりを握りながら口を開いた。

「本当はあの日、俺行けたんや」
「え?」
「最初に名前に米農家ん所行ってくれ言うた時、俺は別に行けたんや。でも、相手が北さんだって知っとってお前行かせた」

思ってもみなかった言葉に唖然とする。最初からあれは仕組まれたことだったのだ。さらに驚くことに、治は言葉を重ねた。

「北さんにも、名前が行くことは話してなかった。上手く行くかどうかは賭けやったけど、結果オーライみたいやな」

思い出されるのは、初めて会った瞬間の北さんの様子だった。いつもは家で待っているのに、あの日だけ畑帰りという様子だった。ポーカーフェイスな北さんだから気付かなかったものの、本当は私が来たことに驚いていたのだろうか。

「北さんと別れてからのお前、つまらんくてしゃあないって顔してたわ。でも今のお前はええ顔しとるで」

はいよ、と差し出されたおにぎりは、北さんの高菜を使ったものなのだった。