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次に北さんの家に行くまでがやけに長く感じた。かと言って、実際に治に北さんの家に行くことを依頼されれば行くのに酷く緊張するのだった。私はそっと北さんの家のインターホンを押す。すると中から北さんが出てきて、いつもの居間に通された。
「で、最近どうや」
「お店も凄く繁盛してますし……その、私も毎日いい感じです」
毎日いい感じとは何だ、と自分で突っ込みを入れながら私は手を弄ぶ。今までどうやって北さんと話していたのだろうと思うくらい落ち着かない。北さんにもそれは伝わってしまったようで、北さんはあの何もかも見透かしてしまいそうな瞳で私を見据えた。
「どうかしたんか」
「どうもしてない、ですけど……」
この内容だけは北さんには言えない。言ったら北さんのことを意識していると白状しているようなものだ。だが北さんの前でこれだけ緊張している現状は北さんのことを意識しているに等しいのかもしれない。では私は北さんのことをどう思っているのだろうか。
「北さんは私のこと、今どう思ってますか」
混乱した頭のままに口を開けば、とんでもないことを口走ってしまった。今は仕事の話をしに来たというのに、これではまるで恋愛の駆け引きをしているみたいだ。北さんにも呆れられているに違いない。私が撤回しようとした時、それより早く北さんが口を開いた。
「治と結婚するんかと思ってた」
私は思わず目を丸くして北さんを見た。私が、治と結婚? どうしてそうなってしまったのだろう。呆気に取られている私を置いて、北さんは話を続ける。
「治の家業手伝ってるみたいやし、おにぎりは食べ放題言うし、もう治と一緒になるもんかと」
「違います!」
ようやく否定しなければならないことを思い出し、私は食い気味に言う。北さんは私の剣幕に驚いたようだったが、いつもの表情に戻って言った。
「なら、狙ってもええんか?」
今度は別の意味で呆気に取られる番だった。私はぽかんと口を開けたまま、何も発することができない。きっと付き合っている最中もこんな間抜け顔を沢山北さんに晒してきたのだろう。私と北さんは別れた。でも、北さんは私とまた付き合うことを、望んでいるのだろうか。
「北さんは、私のことをもう好きじゃないんだと、思ってました」
「それも思い違いや。俺ら、勝手に思い込んでばっかやな」
まるで世間話のように北さんが言う。北さんが私のことをもう好きではないというのが思い違いなら、北さんは私のことを好きなのだろうか。確かめるのも恥ずかしくて、でも聞いたらまた優しく答えてくれるのだろうという確信があって、私はどうにもできない。その混乱が伝わったのか、北さんはふと笑うと立ち上がった。
「また報告に来いや」
今回の話はもう終わりということだろうか。私も慌てて立ち上がり、北さんの顔もまともに見られないまま北さんの家を後にする。駅への道を歩きながら、私の頭の中は北さんでいっぱいだった。