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折角おにぎり宮のサブスクリプションを契約しているというのに、私はおにぎり宮を訪れることが少なくなっていた。その理由は契約先である北さんとの仲が一番なのだが、治には最近仕事が忙しいと言って誤魔化している。治は何があったのか大体把握しているのだろうが、何も言わずおにぎりを出してくれた。月末、そろそろ北さんの元へ行かなくてはならなくなった頃、私は打ち合わせをしにおにぎり宮を訪れた。

「次の報告は何したらええ」
「紙にまとめといたわ」

私は報告書を目でなぞりながら茶を飲む。治はおにぎりを握りながら、あくまでさりげなくといった様子で口を開いた。

「北さんと何があったか知らんけど、まあ頼むわ」
「治と結婚するもんやと思ってたって言われた」
「ハァ!?」

これには治も驚いたようで、おにぎりを握る手を止め叫んでいる。そんなに私のことを見ても勘違いしていたのは私ではないのだから何も言えない。

「私も治と結婚するなんて言われたら驚いたわ」
「ちゃんと否定してきたんやろな」
「当たり前やわ!」
「ならよし」

治はそう言っておにぎり作りを再開する。別に治のことは友人としか思っていないが、こうもあからさまな態度を取られると腹立たしい。もし今も高校生のままだったら、学年でも人気だった治と結婚する疑惑など流れれば大変だっただろうなと頭の奥で思った。

「すまんかったな」

突然ぽつりと治が謝るものだから、私は目を瞬く。先程の態度とはえらい違いだ。一体何が、治にそうさせているのだろう。

「北さんに勘違いさせたせいで、名前にとっては悪かったんちゃう」

その言葉を聞いた時、治は私の気持ちも私達の仲も全てお見通しなのだと思った。ならば認めたくないと意地を張っている私のこの気持ちも言い当ててくれたらいいのに、と密かに独りごちた。


インターホンを押し、作業着姿の北さんが現れる。その姿を認め、私は「来ちゃいました……」と小さく言った。

「待っとったよ。入り」

北さんの後をついて歩きながら、ビジネスとしての訪問の第一声はまず挨拶から始まるべきなのではないかとか、今のではまるで彼女のようではないかと猛省した。北さんはそんなことも知らず私に茶を勧める。一口口をつけてから、私はつっかえながら治の作った報告書の内容を読み上げた。一通り話が終わり北さんを見上げると、北さんは静かに頷いてくれた。

「うん、まあ、話は分かった」
「他に何か……?」

私が恐る恐る尋ねると、北さんはいつもの平然とした表情で言い放った。

「俺が言えたことやないけど、仕事と恋愛は分けた方がええんちゃうかな」

北さんを意識しすぎているのが伝わってしまったのだと思い、私は咄嗟に下を向く。治ならともかく契約先にそんなことを言われてしまうなんて、私は社会人失格だ。まあ、これはあくまでお手伝いであって本業ではないのだけど。

「俺としては嬉しいよ、名前がそういう風に思ってくれて」

北さんはそう言って微笑んだ。「そういう風」がどういう風なのか、私はもうとうに分かっていた。