▼ 6 ▼

「お疲れ様。今日はどうやった」

定番と化した治の言葉に、私はしばし沈黙を置いてから答える。

「まあ、よかったんちゃう」
「何やそれ」

契約先の北さんから意訳すると公私混同をするなということを言われてしまった。だが北さんとしては、私が公私混同をしたことが嬉しかったらしい。ならばプラスマイナスゼロというところではないだろうか。

「次行くんは、また一ヶ月後か?」
「一応そのつもりやけど、もっと早めてもええで」

私の心を見透かしたかのような発言に思わず息が止まる。今まで自分は私と北さんのことには関係ないという立場で、あくまで第三者視点を貫いてきた治。しかし治が私と北さんの関係に気付いているのは確かだった。私はお世辞にもポーカーフェイスとは言えないし、そもそも私と北さんが再び出会うように仕掛けたのは治だ。私の営業が上手く行っている時点で、治は私と北さんの関係が再び前に動き出そうとしていることを察知しているだろう。なんだか恥ずかしい気分になりながらも、高校時代もこうしてバレー部の面々に見守られながら恋愛をしていたことを思い出した。

「それじゃ、また一ヶ月後に行くわ」

そう言ったのは、私のせめてものプライドだ。


きっかり一ヶ月後、私はまた北さんの家を訪れた。北さんはやはり家の中で私を待っていて、インターホンを押すと迎え入れてくれた。私はいつもの居間に座り、ビジネスライクを意識しながら今回の報告をする。北さんが自分の農業について語っている表情は高校時代主将をやっていた時のことを彷彿とさせて、しかし社会人であるがゆえの真剣みのようなものも帯びていた。

前回の反省も踏まえ、私達はビジネスに相応しい会話ができていたと思う。公私混同をしないことを意識していたら話はすぐに終わってしまい、私は手持ち無沙汰に茶を飲んだ。もうここにいる理由はないが、帰るには少し惜しい、気がした。すると突然北さんが立ち上がり、私の隣に腰を下ろす。

「これで仕事の話は終わりやな」

そのまま私の方を見、私達は至近距離で見つめ合う。もう私達は仕事仲間ではなくなってしまった。元恋人の北信介と苗字名前で、ここは取引先ではなく一人の男の家だ。これからどうなるのか、自ずと頭の中で想像してしまう。

「選び。このまま残るか、もう帰るか。俺はどっちも強制せん」

そう語る北さんの顔を見つめながら、何てずるい人なのだろうと思った。もう仕事ついでに来たからという曖昧な理由で残ることは許されない。私は、自分の意思で北さんという元恋人の家に留まることを選択するのだ。その責任は、勿論自分が負うことになる。

「……残ります」

息のかかりそうな距離でそう言うと、北さんが私の手を握った。