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状況について行けない私を置いて、北さんはもう一度私を抱き寄せる。

「これでもう俺の女やな」

そう私を見下ろす顔は、どこか楽しそうでもある。

「何もせんと思ったら、今までなりを潜めてたのはそういうことやったんですか……!」
「可愛かったで? 名前が頑張ってるとこ」

北さんの言葉に恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じる。前から、北さんは私に好意があるようなことを仄かしていた。だが私には何もしてこず、いつも私任せだった。それが私の合意があるかどうか分からなかったからというのはこの間言われたけれど、私がきちんと告白するまで北さんは待ちに徹したのだろう。律儀な所が北さんらしくもあり、私で遊ぶような所は北さんらしくないとも言える。北さんは基本的にいい人だけれど、私をからかって遊ぶ時には意地悪だ。

「無事付き合えたので帰ります」
「俺の腕ん中から微動だにせんくせに何言うとんねん」

北さんの言う通り、今の私は言っていることとやっていることがまるで合っていない。早くこの状況を脱したいと思う反面、ずっとこのままでいたいと思う私もいて、結局この日は夕方に帰ったのだった。


あまりに北さんのことで頭がいっぱいで、治の所に寄るのを忘れていた。私が治のことを思い出したのは、夜治からの着信をスマートフォンの画面で確認してからだった。

「もしもし」
「どないした? 北さんとなんかあったんか?」

電話口の治の声は心なしか焦っているようで、そんな治に少し笑ってしまう。治は私の親か何かかと言いたくなるほどだ。実際、私と北さんを再び結びつけてくれたのは治なのだけど。

「何もあらへんよ。いや、付き合ったけど、治が心配するようなことはない」
「心配かけんなや……」

そう言う治はおにぎり宮の店主として取引先の北さんとの仲を心配しているのではなく、純粋に私と北さんの恋路を心配してくれているのだろう。

「ごめん、でもおかげで上手いこと収まったわ」
「ほんま俺のおかげやな。百回感謝しろ」

私と治は電話口で笑った。治がいなければ、私達は再び出会うことすらできなかった。仮にどこかで出会っていたとしても、定期的に顔を合わせることはしなかっただろう。北さんに弄ばれていた感は否めないが、私はおにぎり宮の使いとして北さんの家に行っている間精一杯恋愛をした。一つ不思議なのは、治がそこまで私と北さんの仲に関心があったということだ。高校時代治は私と北さんのどちらかと極端に親しいというわけでもなかったし、私達が付き合っているのを平然と見ていた。一体どういうつもりなのかと尋ねてみると、治は普段通りの口調で言った。

「常連へのサービスや。そない気にすんな」

その言い方が治らしくて、私は思わず笑ってしまった。