▼ 10 ▼

影山君の部屋はシンプルに整えられており、生活に必要なもの以外は置いていないという様子だった。目立つ位置にバレー雑誌やトレーニング器具が置いてあるのが影山君らしいと思う。私が辺りを見回していると、影山君が「そこ、座ってください」と言って自分はキッチンに立った。

「昼飯作ってみました。美味いかはわかんねぇっスけど、いつものお礼に」
「ありがとう」

影山君が作っていたのはトマトソースのパスタだった。洒落た盛り付けをされたそれは影山君の広い部屋と豪華な家具によく似合っている。私が今座っているソファだって、もしシミでもつけようものなら大金が消し飛ぶだろう。

私も影山君も話が上手い方ではないので、二人共黙ってパスタを食べる。いつもは影山君一人が食べていたので無言でもあまり気にならなかったが、二人で食べているのに無言だと変な心地だ。すぐに食べ終わった影山君の隣で私はせっせとパスタを食べ、二人でソファにもたれる。

「ごちそうさま。私、お皿洗おうか」
「いいっスよ、後で」

この場凌ぎの言い訳すら奪われてしまった。私は気付かれないように隣の影山君を窺いながら、胸の鼓動を抑える。今は昼だ。だがここは影山君の家で、自分は男だとこの間影山君に主張されたばかりだ。何が起こってもおかしくはない。だけれど、高校時代を共にした影山君とはっきり名前のつかない関係性になるのは嫌だった。私は沈黙に耐えかね、思い切って口を開く。

「あのね、私の気持ち、影山君は知ってると思うんだけど……」

たとえ影山君は私をそういう風に思っていないと返されてもいい。大切なのは私の気持ちを伝えることで、それによって生まれてくる関係もあると思うのだ。私が切り出すと、影山君は驚いたように私を見た。

「苗字さんの気持ちって何スか」
「え? だから私が影山君を好きだっていう……」
「そうなんスか」

これには私も黙るしかなかった。影山君は、私が影山君を好きだと思って牽制されてもいいと言ったのではないだろうか。私達はお互いに目を瞬いて見つめ合う。もしかして私は今、告白してしまったのだろうか。

「影山君、牽制されてもいいって言ったじゃない? だから、影山君は私が影山君のことを好きだと思ってるのかなって」
「いや、あの時は別にそんなつもりで言ったんじゃねぇっスけど」
「あ、そうなんだ……」

思わず私が悩み抜いたのは何だったのだろうと言いたくなる。私はその言葉に踊らされた末に影山君が好きだと自覚したのだ。「牽制されてもいい」というのが私の思った通りの意味ではなかったとしても、私の影山君への想いは消えない。どうしたものかと私が言葉を詰まらせていると、影山君が前を向いたまま口を開いた。

「まあ、知れてよかったっス。俺は苗字さんのこと、好きなんで」

その言葉に私は目を瞬いて影山君を見る。影山君は普段通りの顔で、「付き合いますか」と言った。それに私が頷くと、影山君は小さく口元を緩め、笑った。