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私は影山君のことを、どう思っているのだろう。高校時代は才能の突出した後輩としか思っていなかった。でもそのバレーに真摯な所とか、女子との距離を測りかねているけれど実は凄く丁寧な所は尊敬の念すら抱いていた。今の影山君は、あの頃の土台はそのまま、社会常識と少しの性の知識を身に着けたように思えた。性の知識を言うといやらしい言葉に聞こえてしまうかもしれないが、それは異性との経験を積んだように思えるという意味だ。男女が二人で密室にいることがどんな意味を為すかも、もう理解している。その上で私は影山君の部屋に誘われたのだ。これは、男女としてのお誘いと思っていいのだろうか。

とりあえず私は、箪笥の中身を開けて一軍の下着があるかどうかと最近買った服をチェックした。これならギリギリ影山君の家に行っても恥ずかしくないレベルだ。本当に影山君が好きではないのならこの誘いには乗らない方がいいのかもしれない。でも私は行きたいと思っている。自分の気持ちが分からないなんて言いつつも、これはつまりそういうことなのではないだろうか。私はなんだか負けた気になりながらスマートフォンを開いた。

「明日、行ってもいい?」

影山君とのメッセージは影山君が自分の部屋番号を告げたところで終わっているので、自然とその話になるだろう。

「じゃあ十一時でどうですか」

私は影山君から返信が来たことと、夜ではなく昼の誘いだということに安心していた。OKと書かれたスタンプを一つ送信し、私はスマートフォンを閉じる。今日のお風呂は念入りに体を洗わなければならない。今の内から明日着る服を出し丁寧に下準備をすると、私は眠りに就いた。


翌日、影山君の指定した時間の十分前に私はマンションのエントランスを通る。宮城に住んでいた頃は田舎の一軒家、上京してから安アパート住まいの私にとって高層マンションに入るのは初めての経験だった。先程インターホン越しに聞いた影山君の声だけでも胸の鼓動が高鳴る。少し前まで私は影山君のことをどう思っていたのだろうと思っていたのが嘘のようだ。私は影山君のことが、好きだ。

エレベーターに揺られ、十二階に到着した。興奮した足取りで廊下を歩きながら私は一番端の影山君の部屋を目指す。そういえば部屋番号までは伝えていなかったのに最初影山君はどうやって私の部屋を探し当てたのだろう。そんなどうでもいいことを考え、私は遂に影山君の部屋へと辿り着いてしまった。震える手でインターホンを押すと、少しの間を置いてドアが開く。

「待ってました」

ああ、もう逃げ出したい。心とは真逆に、私は「お邪魔します」と言ってドアの中へ入り込んだのだった。