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二回の締め出しで気を付けるようになったのか、あれから影山君はしばらく来なくなった。仮にもスポーツ選手として私の作ったご飯ばかり食べているわけにもいかないだろう。影山君のいない私の部屋はなんだか広く、奥行きがあるように感じる。私がすっかり油断していた土曜日の昼間、突如として呼び鈴が鳴った。

「ども」
「か、影山君……」

もう締め出されることはないと思っていたし、あるにしても前回や前々回のように夜だと思っていたから今回は絶対に宅配便か何かだと思っていた。何故ドアを開ける前に誰かチェックしなかったんだろうと思いながら私はドアで体を半分隠した。

「何?」
「渡したいものがあって」

影山君はポケットを探ると、キーホルダーリングのついたプラスチックのプレートのようなものを取り出した。一見そうには見えないが、これは新しいマンションやホテルなどで使われているかざすタイプの鍵だ。何故それを今持ってくるのだろうという疑問を抱くと同時に、影山君は私に鍵を差し出した。

「あげます」
「え?」
「俺、すぐ締め出されるんで……苗字さんの所にあったら、便利だと思って」

一瞬動揺した心がすぐに鎮まるのを感じた。要するに影山君は、オートロックで部屋に入れないことが多いから近所の私の家に置いておいてほしいと言っているのだ。何も好きに家に来ていいと言っているわけではない。

「あげる」などという言葉と一緒に影山君が鍵を差し出すものだから、私はそういう意味かと勘違いしてしまった。自分のおこがましさを恥じ、私は鍵を受け取った。

「ありがとう。じゃあ私が責任持って管理するね」
「すんません。お願いします」

じゃ。それだけ告げて影山君は去ってしまった。着ているものからしてランニングに行くところなのだろうか。アパートの廊下から下を見ると、スポーツウェアを着た影山君が道を走っているのが見えた。私は思わず手の中の鍵の感触を確かめる。

影山君が持っていてほしいというから受け取ってしまったが、これではまるで恋人ではないか。そんなはずないと思いつつも、影山君が締め出された時用に鍵を持っているということはいつでも影山君を自宅に招き入れることだと理解していた。私に彼氏がいないからよかったが、彼氏がいたら影山君は一体どうしていたのだろう。高校時代は人の恋愛事情に配慮ができるような人には見えなかったが、影山君も色々な経験を経て変わっているのかもしれない。

そこまで考えたところで、自然と思い浮かべてしまうのは影山君が見知らぬ女性と一緒にいるところだった。影山君だってもう成人男性だ。恋愛経験がない方がおかしい。そう理解しているのに影山君が女性といるところを想像すると居心地が悪いのは、彼が高校時代同じ部活に所属していた身内のようなものだからだろうか。私は影山君の姿が見えなくなると、部屋に戻った。