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影山君の家の鍵は玄関の棚の上に置いておくことにした。家を出て行く時と入る時、自然と目に入るそれに私はむず痒いような気持ちになる。まるで恋人ができたかのような状況なのに、実際は色恋沙汰には鈍い後輩の鍵を預かっているだけだ。でもこれで影山君が管理人と連絡がつくまでウチにいる必要がなくなったのだと思うと、安心するような寂しいような気持ちだった。影山君が私に鍵を渡してから一ヶ月後、やはり十時頃に影山君は呼び鈴を押した。

「はい」

この時間帯の呼び鈴は影山君だと分かっているのでもう驚かない。私がドアを開けると、やはりそこには影山君が立っていた。鍵があるからか影山君も申し訳なさを前面に押し出すことなく、いつもの凛々しい表情をしている。

「すんません。鍵、貰えますか」

私は待っていたとばかりに影山君の鍵を掴み、影山君に差し出した。影山君は「ありがとうございます」と言ってポケットにねじ込み、私の方を向く。鍵があるのだから、もう影山君が私の家に留まる必要はない。そう分かっているのに、「上がっていけばいいのに」と思うのは先輩のお節介だろうか。

「連絡先、交換しませんか」
「へ?」

てっきりこのまま帰るものだと思っていた私は拍子抜けしてしまった。家には上げたことはあるものの、私達はお互いの連絡先を持っていなかった。高校時代は知っていたが、機種変更をしたりしてアカウントが変わってしまい、わざわざ人に聞くほどでもないと思っていたのだ。でも、今となってはご近所さんだ。

「うん、いいよ」

私もスマートフォンを取り出し、IDを交換してメッセージアプリに登録する。フルネームを漢字で登録しているはのが影山君らしいと思った。影山君が新しい友達欄にいるのを確認して、私はスマートフォンを閉じる。

「じゃあ、これからまた締め出された時とかは来る前に連絡します。もし家にいなかったりしたら教えてください」
「わかった」
「それじゃ、ありがとうございました」

そう言って影山君は去ってしまう。ドアが閉まる音を聞きながら、私はもう一度スマートフォンを開く。大人になってからもう一度影山君と友達になるだなんて思ってもいなかった。高校時代も、口数が少なくバレー以外に何を考えているのか分からなかったのが彼だというのに。

私は影山君にスタンプか何かを送るべきか迷ったが、影山君がスタンプを送り返すところは到底想像できないのでやめた。私と影山君のメッセージ画面は業務連絡のみになることだろう。と言っても、それ以外にメッセージアプリを使う理由などないのだけど。私はすぐにスマートフォンを閉じると、鍵が一つない玄関の棚を見た。