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「今から行ってもいいですか」

影山君からメッセージが来たのは連絡先を交換して一日後のことだった。二日続きに鍵を忘れるなんてことがあるだろうか。でも、影山君ならやりそうだ。私は了承した旨を影山君に伝えると、部屋を簡単に掃除し、ついでに夕飯の残りまで温めてしまった。私の丁寧な暮らしは影山君に支えられている気がする。十分もすると、私の部屋の呼び鈴が鳴った。

「はい」
「これ、返しに来ました」

ドアを開けるとやはりそこにいたのは影山君だったが、締め出されたのではなく鍵を返しに来たようだ。てっきりまた締め出されたとばかり思っていた私は唖然とした。だが考えてみれば使う度に返さなければ私にも頼れなくなってしまう。私が鍵を受け取ると、鍵の部分に丸いシールのようなものが付いていることに気付いた。私が影山君を見上げると、何を言いたいのか察したのか気まずそうに口を開く。

「俺、あんまりキーホルダーとかつけねぇからどれが苗字さんのか分かんなくて」

確かに影山君がキーホルダーなどを買っているところは想像できない。私は影山君に「ちょっと待ってて! ていうか上がって!」と言うと、部屋の棚を漁った。キーホルダーなどいくらでもあるというのに、出てくるのは影山君に見せるのは恥ずかしいような色褪せたものばかりだ。なんとか奥の方から今年買ったばかりのクマのキーホルダーを見つけると、影山君の前に掲げた。

「これ! どうかな⁉」
「俺は何でもいいっス」

気付けば影山君は慣れた様子でリビングのローテーブルに座っている。無事影山君の許可も出たので私は影山君の鍵にクマのキーホルダーをつけた。影山君の鍵にしてはややファンシーすぎる気もするが、持っているのは私なのでいいだろう。

「これで区別つくようになったかな。でも、影山君がこんな鍵持ってたら彼女がいるって思われちゃうね」
「俺は別にいいっスよ。牽制されても」

何も言えないまま固まる私を残し、影山君はすくと立ち上がって玄関へと向かう。「それじゃ」とだけ言い残して部屋を出て行く様子を私は呆然と見ていた。

今、私は影山君の言葉を訂正するべきだったのだろうか。それともツッコミ待ちだったのだろうか。影山君に限って後者はないか。それにしても、影山君は自分の鍵に私のキーホルダーがついていることを「牽制」と言ったのだ。まるで私が影山君のことを好きだと言っているように。

いや、実際に私が影山君を好きかどうかは分からないけれど、影山君は私が影山君を好きだと言いたいのだろうか。今まで後輩だったはずの影山君が急に男になって、私の中に甘い混乱が走るのを感じていた。