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私は影山君を好きなのだろうか。影山君が去ってからしばらく、私の目下の問題はそれだった。影山君と恋人同士になりたいと明確に思ったことはない。しかし、影山君が来ると分かれば私は部屋着を新調し夕飯を豪華にして、影山君の来訪を楽しみにしていた。ただの高校時代の後輩にしては、期待しすぎではないだろうか。

だが私の中でどんな結論が出ようと、影山君の中での結論は「私は影山君を好いている」なのだった。「牽制されてもいい」という発言がまさにそれだろう。本人が好かれていると感じているのなら、たとえ私に自覚がなくても私は影山君を好きなのではないだろうか。もう分からない。影山君の来ない一ヶ月という期間が余計に私を悩ませた。影山君はもう、私の家に来たくないと思っているのだろうか。

そんな予感を裏切るように、影山君から「今晩お邪魔します」とメッセージが届いた。久しぶりの影山君の来訪に私は慌てて部屋を片付ける。ちょうど私が一息ついた頃、部屋の呼び鈴が鳴った。

「はい」
「すんません、鍵下さい」

いつものように玄関先に立つ影山君に、私は鍵を手渡す。それを影山君がポケットにしまった時、私はふと思い立って言った。

「上がってく?」

もう鍵を置いている以上影山君が私の家に上がる必要などないのだが、私は影山君を好きなのではないかという幻想に囚われた私が生み出した一言だった。影山君のことだからいいと言うだろう。私がやっぱり今のはなしと言う前に、影山君がこちらへ近付いた。

「それじゃ、お言葉に甘えて」

いつも通りローテーブルに座る影山君を見ながら、私の部屋に影山君がいるという現実に居ても立っても居られない気持ちになる。この間までは平然と出来ていたはずなのに、今になって動揺してしまうのはどうしてだろう。それは勿論私が影山君を好きかもしれないからなのだが、私が影山君のことを好きだと知っていて私の家に上がる影山君にも問題があるだろう。いや、私が影山君のことを好きかどうかはまだ分からないのだけど。

緊張で私が普段より喋らない分、影山君が先に口を開いた。

「苗字さんは普段、この時間帯何やってんスか」
「えーっと、録画見たり、スマホいじったり、色々だよ」

影山君はトレーニングやランニングをしているだろうに、何て生産性のない人間なのだろうと自分で言って悲しくなる。影山君は「へえ」と言ったきり黙ってしまった。二人の間に再び沈黙が訪れる。本当なら私も影山君は何をしているの? と聞けばいいのだろうが、「影山君は私が影山君のことを好きなことを知っている」という意識に押された私は気付けば口走っていた。

「影山君は、私の家に上がってもいいの?」

言ってからこれではまるで嫌味を言っているみたいだと気付いた。私が何か言うより早く、影山君の真っ直ぐな瞳が私を射抜く。

「苗字さんこそ俺上げていいんスか。俺、男ですけど」

それは私に彼氏がいるのかという意味で聞いているのだろうか。それとも、影山君にもっと警戒しろという意味なのだろうか。何も言えない私を置いて、影山君は「帰ります。鍵、ありがとうございました」と立ち上がってしまった。未だに思考を整理できない私の後ろで、玄関のドアが閉まる音がした。