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私は一体、影山君にどう思われているのだろうか。影山君が帰ってから、考えるのはそればかりだった。「牽制されてもいい」という言葉通り、影山君は私の影山君への好意に気付いている。自分も男だと言ったのは、影山君も私を異性として見ているということなのだろうか。恋の予感に燃え上がるのも束の間、私は急に冷静になった。

そもそも私は、影山君を好きかどうか分からないのだ。影山君が牽制してもいいなどと言うから影山君の目にはそう映っているのかもしれない。そう思うと、影山君をより異性として意識しつつある。だがまだ「好き」と言うには何かが足りないような、そんな気がした。

一夜が明け、翌日土曜日の朝、影山君が私の部屋の呼び鈴を押す。もう影山君の前で間抜け面を晒したくないので毎度ドアの覗き窓で確認することにした。このアパートがもう少しグレードの高いものなら呼び鈴だけでなくインターホンもついていただろうと思うと残念な気持ちだ。影山君は、きっとインターホンつきの物件に住んでいるのだろう。

ドアを開けると、影山君はすぐに私用の鍵を差し出した。

「これ。よろしくお願いします」
「うん、ありがとう」

昨日の会話に影山君も気まずさを感じているのか、影山君は言葉少なに私の部屋を去ろうとする。私もこのままドアを閉めてしまおうと思っていた時、影山君は最後にとんでもない土産を置いていった。

「その鍵、苗字さんも使っていいっスよ」
「え?」

一体どういう意味なのか、影山君に聞こうとしても彼はもうアパートの階段を下りている。残されたのは、クマのキーホルダーがついた私専用の影山君の家の鍵だった。これは本来、オートロックに締め出された影山君が家に入るために近所の私の家に置いているのであって、私が使うものではない。そもそも、私が使う用途がない。鍵といえば家のロックを解除するくらいにしか使い道がないが、それを何故私がするのだろう。

思い浮かべたのは、今の影山君のように私が影山君の家を訪ねて入れてもらう場面だった。いや、鍵を持っているのだから呼び鈴を鳴らして入れてもらう必要性すらないだろう。私が入りたい時にいつでも、何なら影山君本人がいない時でも、私は影山君の家に入ることができる。影山君が想定している用途とは、そういうことだろうか。

でも、私が勝手に影山君の家に入っていることに何のメリットがあるのだろう。影山君は帰ってきた時私が家にいたら引かないだろうか。昨日も自分達は異性であると突き付けられたばかりだし、影山君が何をしたいのか分からない。影山君が、理解できない。私が玄関の前に立ち尽くしていると、スマートフォンがメッセージの受信を告げた。そこには、影山君からメッセージが来た旨を伝える通知が来ていて、私はまた頭を抱えたくなった。

「俺の部屋は、あそこのマンションの一二〇一号室です」