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たまたま名前の家の近くに来た侑は、名前の家にお邪魔することになった。上京する時に必死になって探したというアパートは侑のマンションより劣るもののそこそこいいのではないだろうか。高校生の頃散々想像した名前の部屋に入ることに奇妙な背徳感を覚えながら、侑は勧められるままリビングに腰を下ろす。まあ、大体は想像通りだ。明るい色のカーテンやソファがあって、部屋は綺麗に片付いている。侑に飲み物を出す名前の姿が、何故か酷く大人びて見えた。

「侑、泊まってく?」
「はっ?」

普通に話していたはずが、何故そんなことになっているのだろうか。侑はフリーズした後時計を見ると、終電にギリギリ間に合うか間に合わないかというくらいだった。話し込んでいる間に夜が更けてしまったようだ。今から侑が本気を出せば間に合うと思うが、面倒臭いという気持ちもある。それに折角名前が誘ってくれているのならば、それに乗りたい。

「じゃあ、泊まる」

お前はいつの間に簡単に男を泊めるような女になったんだという反抗心も込めて、侑はむきになったように言った。一応、付き合ってはいるけれども。冗談という名の嘘で固めて辛うじて付き合ってはいるけれども。

「侑、先お風呂入ってええよ」
「お、おう」

ここで男物の着替えなど出されなかったことに安堵しながら、侑は風呂場に向かった。風呂場は侑にとって少し小さかったけれども無事シャワーを済ませた。次いで名前が入るのを侑はリビングに座ったまま待ち、侑はその時を待った。

「じゃあ、寝よか」

そう言う名前の部屋にはベッドは一つしかない。ソファは侑が寝るにはかなり小さいサイズだ。これは侑の方から何か言うべきなのだろうかと思っていた時、ごく自然に、名前が侑の腕を引いてベッドへと向かった。

侑と名前は付き合っている。それもお互い一人暮らしをしていてもう高校生でもない。だがこの自然な動作は何だというのだ。侑は興奮すると同時に名前の今までの彼氏に猛烈に嫉妬した。

飼い犬よろしく大人しく名前の後を歩いていれば、名前は無防備にベッドに横になるではないか。そのとろけそうな瞳が侑を捉えた。

「今度は、ちゃんと記憶に残るセックスしてや」

侑はその場で叫び出したい気持ちになった。そうだ。名前はあの日侑がついた嘘を本当だと思っている、つまり侑と名前は一度セックスをしたと思っているのだ。だが本当は勿論セックスなどしていないし長年の想い人をいきなり抱く度胸があるわけでもない。この一大場面にて、侑最大のピンチだ。

それでも据え膳食わぬは男の恥だし、名前とセックスができるならしたい。本当は、もっと気持ちの通じ合った状態でしたいけれど。

侑は内心緊張しながら名前をベッドに押し倒した。今の侑はまるで童貞のように見えているだろうか。それとも名前のフィルターを通せば、侑は女慣れした軽い男なのだろうか。いずれにせよ好きな女を前にすれば男は皆童貞だ。その好きな女は二回目だと思っている状態で初めてのセックスをするのだから、これはもう難しいとかいうレベルじゃない。それでも嘘を貫き通す以上やり遂げるのが男というものだろう。