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見慣れない布団の中で目覚め、侑は自分が裸であることを感じた。次いで隣に眠っている名前を確認する。本当に、やってしまったのだ。侑は嬉しいような悲しいような気持ちになった。結論から言えば、昨日のセックスは凄く良かった。緊張しながらも気持ちよかったし、何より何年も想い続けた女とひとつになっているという満足感が侑を満たした。だが同時に名前は侑の知っている名前――あの頃妄想していた無垢で清純な名前――とは違うのだと嫌でも思い知らされたし、名前が自分で枕を腰の下に入れた時などは泣きたくなった。これでは名前の方が何枚も上手だ。名前が想像しているような女慣れした侑などどこにもいない。侑が天井ばかりを見つめていた時、隣で身動きする気配がした。

「あ、おはよ」

嘘をついた日も寝起きは見ていたというのに、間近で見るとこうも胸を揺さぶられる。

「……はよ」

なんだか名前の掌で転がされているようで腹が立った侑は、まだ寝ぼけている名前の口にキスをしてやった。


それから二人で朝飯を作り、ローテーブルで食事をしてから侑はそそくさと帰った。長居するのは名前に悪いし、何より侑に頭の中を整理する時間が欲しい。侑は無心で電車に乗り自宅マンションまで行くと、玄関の扉を閉めてずるずると座り込んだ。

「本当に、やってもうた……」

今度は嘘ではなく、本当に名前と寝てしまった。童貞などとうの昔に捨てているというのにこうも感傷的になってしまうのは侑が名前にずっと片思いをしていたからだろうか。それとも嘘をついているからだろうか。侑は自分の腕に触れながら、昨晩名前がそこを掴んでいたことを思い出した。今でも、ありありと思い出せる。

「くっそ……」

当時は見下していた女に、恋愛経験など碌にないのだろうと思っていた名前に、こうも振り回されている。そのことが悔しくて、侑は唇を噛んだ。


それ以降、侑は普段よりバレーに精を出すようになった。バレーで気を紛らわす作戦だ。しかし名前はこの間のことなど何もなかったかのようにメッセージを送ってくるし、それにいちいち翻弄される自分が煩わしい。試合を観に来ると言うかと思いきや治の店に行ってきたなどと言っていた時はどついてやろうかと思った。

「俺の試合観に来るくらい言えんのか」
「だって付き合っとること隠せって侑が言うたやん」
「どんな応援するつもりやお前」

名前とのトーク履歴を眺め頬を緩めていると、チームメイトの佐久早に「キモ」と言われてしまった。ニヤけていたのは認めるがキモいとは心外だ。佐久早だって彼女の前ならばだらしない表情になるに決まっている。佐久早に彼女や好きな人がいるかどうかは、分からないけれど。

「なあ、もし俺に好きな人がいるとするやん?」

普段相当付き合いの長い友達以外に相談などしないのだけど、この日の侑はふと気が向いて佐久早相手に口を開いていた。佐久早は面倒臭いことが始まりそうだと言わんばかりの表情で侑を見ている。

「その人がたまたま下着姿で俺のベッドで寝る機会があったから、昨日はお楽しみだったんやで、俺ら付き合っとるでて嘘ついたら信じ込まれた挙句に告白されてん。どうしたらええと思う?」
「今すぐ本当のことを言って別れる」
「んな淡泊なこと言うなや!」

角名でももう少し人間味のあることを言うぞと思いながら、侑はボール片手に口を動かした。

「嘘はついとるけど好き同士は好き同士なんやで? このまま付き合っとってもええやん」

侑が自分への言い訳を口にすると、佐久早はそんなこと関係ないとばかりに言った。

「いくら好き同士でも、そんな嘘ついて撤回しない奴なんざまともじゃないだろ。それでも許して付き合い続けるっていうんなら相当な馬鹿かお人好しだ」

去ってゆく佐久早の背中を見ながら、侑は名前はどうだろうと思った。あの嘘をついた時、今日から自分は侑の彼女だと嬉しそうに語った名前。高校生の頃から侑ばかりを見て、現実にころっと騙されてしまう名前。

「あかん、完全に馬鹿かお人好しや……」

侑を好きだからこそと分かっているものの、名前のことが少し心配になった。