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「もしもし? 今名前の家の近くにおるんやけど」
「ほんまか? 寄ってくか!?」
「いや嘘や」

「何でそんなしょうもない嘘つくねん!」という電話越しの可愛い声を聞きながら、やはり名前は馬鹿でお人好しだと思った。一度名前の家に泊まってセックスもした手前今更泊まることに抵抗はないが、今日は外泊は避けたい。

「明日暇か」
「予定はないけど」
「じゃあ俺の試合観に来い」

電話口で名前は一瞬戸惑ったようだった。しかしすぐに口を開き、「行く!」と言った。

「よっしゃ。詳しいことは明日言うわ」

侑はそう言って電話を切った。侑が試合を観ていいと言うことに、名前は予想以上に喜んでいた。もしかしたら付き合いを秘密にしてほしいという侑の一言が、名前を縛り付けていたのかもしれない。明日は全力でプレイして、侑達が嘘の上で成り立っている恋人だということを忘れてしまうくらい幸せな思いをしよう。


「宮くーん!」

黄色い歓声で溢れかえる中、名前を探すのは簡単だった。そもそも名前は関係者席にいるのだから探す場所自体が少ないが。高校時代は名前に探されてばかりいたはずが、気付けば侑が探す側になってしまった。当時はあれだけ部員が動き回る中でよく見つけられるものだと思ったが、今になれば分かる。好きな人を探す行程など、ほんの一瞬なのだ。

侑の調子もスパイカーの調子も良く、ブラックジャッカルは対戦相手に勝利した。まずチームメイトと喜びを分かち合うと、侑は名前に向かってピースをしてみせる。すると名前もこちらにピースをして、侑達は遠目に笑い合った。

「あれがお前のお人好しか」

一連の流れを見ていたのか、いつの間にか隣にいた佐久早が名前を見て言う。侑は何故だかお気に入りのおもちゃが他人に目を付けられた子供のような気持ちになりながら、「彼女や」と言った。自分でも素直にこの言葉が出てきたのが意外だった。

「ほんまお人好しすぎて、困っとる」

半ば独り言のように侑が言うと、「うざいから惚気るな」と言って佐久早はベンチへ行ってしまった。侑としては惚気たつもりはなかったのだが、まあ言葉の綾というものだろう。侑は昂った心のままクールダウンとミーティングを済ませ、関係者用出入り口から建物の外に出た。

既に試合終了からかなり時間が経っているが、侑のためならいつまでも待っているだろうという見立て通り名前は侑が出てくるのを待っていた。「お疲れ様」そう言って控えめに近付いてきた名前の手を掴み、無理やり侑の横に並ばせる。

「ちょ、こんなことして大丈夫なんか、バレるやん、手、離して」

混乱している様子の名前を引き寄せ、侑はここが外にも関わらず抱きしめた。裏口とはいえ人の通りはたまにあるし、会場のそばにファンがまだうろついている可能性もある。それでも今、侑は名前のことを抱きしめたかった。素直なのが名前のいい所で、ごにょごにょとここで抱きしめてはいけない理由を並べていたのが今は黙って侑に抱かれていた。

「……週刊誌に撮られても知らんからな」
「撮らせたらええやん」

名前を抱きしめながら、侑はもう限界が近いことを悟った。侑があの日ついた嘘を引き延ばし続ける限界が。侑は何の濁りもない、正当な理由で名前を自分のものにしたい。腕の中の名前を見ながら、侑は自分達の今の関係に終わりが来ることを悟った。