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「この間の姿が週刊誌に載ってもええようにちょっとメイク変えてみたわ。わかる?」
「わからんけど、週刊誌載るんやったらお前の顔にはモザイクかかるやろ」

侑がそう言うと、名前は今初めて気付いたという様子で大口を開けた。侑はその様子を見て思わず笑ってしまう。

「前と変わらずかわいいで」
「これでも変えたわ!」

そう怒ってみせる名前に腕を回して宥める。今はあの試合から三日が経ったところで、侑の自室に名前を招いていた。付き合ってから名前が侑の自室に来るのはこれが初めてではない。何度か侑の家で夕食を共にしたり、映画を観て過ごしたことがある。しかし泊まったのは付き合うきっかけとなったあの晩一回きりなので、今でも侑は自分のベッドを見ると擽ったい気持ちになってしまう。早く侑のベッドで名前とセックスをして、あの負の思い出を打ち消せればいいのだけど。

名前は今日泊まっていくのだろうか。侑は隣の名前の様子をそっと窺った。今日は泊まりの話などはしていない。名前が準備をしているかは分からないが、侑と名前はまだ互いの家にお泊りセットを置くような仲ではない。勿論侑としては、名前が泊まるのはいつでも大歓迎だ。恋人が自宅にいる状態で、やましいことを考えるのは別におかしいことではないだろう。侑がそんなことを考えているとも知らず、名前は急に立ち上がって言った。

「もうお腹空いたやろ。私がご飯作ったる」

初めは名前に料理など作れるのかという気持ちで見ていたが、鍋や調味料などの場所を侑に聞きながら名前は慣れた手つきで作っていく。一人暮らしをしているのだから当たり前かもしれないが、それにしても上手い気がした。

「名前、料理なんてできたんやな」
「これでも練習したんやで? 栄養バランスとか、スポーツメニューとか」

言ってから、名前はしまったという顔をした。侑も今の名前の言葉には引っかかるところがあった。今の言葉は、まるで名前が侑の毎食の食事を作ることを前提としているような、侑と名前が結婚することを視野に入れているような響きがあった。名前も必死に顔を背けながら、鍋の中身をかき回している。

「今のはほんまに違うっていうか、そんなことないってわかっとるけど、」
「好きや」

上ずった声でごちゃごちゃ言う名前を遮って侑は言った。名前はさらに動揺したという様子で、「何やいきなり」と鍋から視線を上げないまま言った。

「お前に言ってないからや」

この時初めて名前は後ろを振り返った。そして侑がすぐ後ろにいることと、その顔の真剣さに驚いたようだった。何も言えないでいる名前を置いて、侑は言葉を重ねる。

「本当は付き合った日にセックスなんかしとらんし、付き合うことになった言うたんも全部嘘だったんや」

これはもう賭けではなかった。健気に侑を好きでいる名前、侑との将来を考えている名前を見ていたら、もうこの関係は続けられないと思った。あの日の侑の弱さが生んだ狡い嘘。それに乗っかって名前の気持ちを利用してきた。だからここで一度終わらせる。そのまま続けることができないというのなら、侑は受け入れるしかない。

「騙しとってすまん。でも、俺は倍名前に騙されてもええからお前といたい。今更謝っても遅いかもしれへんけど、あんなどうしようもない付き合い方しかできひんくらい、名前が好きなんや」

しばらく呆気に取られていたように侑を見つめ返していた名前だったが、やがて視線を下に向け、たっぷりとした間を空けて話し出した。

「複雑や。騙されてたのは腹立つし、それでも侑に好き言われたら嬉しくて、自分にも腹立つ」

その声がくぐもっていることにも気付いていた。

「すまんな」

すると、名前はもう泣いていることを隠さないという様子で侑を見上げ、涙目で睨む。

「一人で喜んでた私がアホみたいや! それに一回セックスしたつもりになってたやんけ!」
「あれは俺もほんま困ったっていうか、大胆でよかったで」

名前は侑を責めたてるフェーズに入ったらしい。侑に言い返すことなどできないのだが、二回目のセックスだと思って初めてのセックスに臨んだ名前には少し同情する。

「ほんま人でなしや!」

名前は大きくそう言った後、消えそうな声で「でも侑のそういう所知っとって好きや言うてるんやから、私も自業自得や」と続けた。抱きしめるのは少し憚られる。侑は名前の背中に手を添えると、そっと名前に語りかけた。

「じゃあ同じ地獄に俺も入れたって」
「ほんま地獄や、宮侑という名の地獄や!」

侑は笑って名前の背中を叩いた。予想通り怒られたが、侑の人でなしは最初から分かっていたことらしい。理解のある名前に感謝しつつ、侑は一番の気がかりを聞いた。

「俺は今度こそちゃんと名前と付き合えるってことでええんか?」
「他になんか責任の取り方ある?」

名前にそう聞かれ、侑は慌てて首を横に振る。今思っていることを名前に言ったら怒られてしまいそうだが、それでも言いたい。よかった。名前ともう一度付き合えて、本当によかった。