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「お前の話が聞きてェ」

実弥にそう言われた時、私は思わず実弥の顔を見つめ返してしまった。

「いつも私結構話してるよね?」

実弥はぶっきらぼうでもないが、自分からあまり多くは語らない。二人でいる時は私が話している方が多かった。改まって話が聞きたいと言われるほど私の身に何かがあったわけでもない。

「俺は朧げにしか覚えてねェけど、お前はしっかりあんだろォ。前世での話だよ」

すんと、胸が詰まる音がした。実弥が聞きたいのは前世での話なのだ。実弥の言う通り私には確かな前世の記憶があるが、それはあくまで苗字名前のものなのである。美乃さんの人生など何一つ知らない。美乃さんの人生を勝手に話したりすれば、恐らく美乃さんのことを誰よりも知る実弥から突っ込まれてしまうだろう。恐れていた日が遂に来てしまったのだろうかと思っていると、実弥が照れたような顔をして言った。

「お前から見た俺の話が聞きてェんだ」

その顔を見た瞬間に私は泣きたくなってしまった。実弥はどれだけ美乃さんのことが好きだったのだろう。名前を借りてなりきっているだけの私が勝てるわけないではないか。私は涙がこみ上げるのを感じながら「そうだなぁ」と口を開いた。

「初めて会った時は、少し怖い人だと思った。でも実弥がぶっきらぼうに、『怖ェかもしれねェけど、俺は今日貴女を慈しむためにここに来ました』って言うから怖くなくなっちゃった。ご飯をこっそり隠しておいて庭の池の鯉にやったのを見て、なんていい人なんだろうと思った」
「そうか」

実弥は照れくさそうな表情を浮かべて窓の外を見た。「初めて会った時の俺は怖かっただろうな。でも俺ァ必死になって『怖ェかもしれねェけど、俺は今日貴女を慈しむためにここに来ました』つったんだ。そうしたら美乃の顔が少し和らいだ気がしたなァ。見合いのメシがやけに豪華だから少し取っといて庭の鯉にやったら、あいつ笑ってらァ」。全て前世で実弥から聞いたことだ。実弥は私の記憶はなくても美乃さんの記憶はあるのだから、私が美乃さんを演じようとしたらどこかで齟齬が生じるだろう。それでも実弥に正体を見抜かれないのは私の演技が上手いからではない。全て実弥が、美乃さんのことを嬉しそうに私に話していたからなのだ。私は前世で実弥と一番の仲だったからこそ、今世で実弥の恋人を演じることができる。なんと皮肉な話だろうと思った。