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あれから、影山は徹底的にスポンサーの名前と顔写真を覚えさせられた。皆一様に年取った男性で区別がつかない。さらにその娘や息子となれば、もう何もわからなかった。幸い、アドラーズのスポンサーの娘や息子の中で頻繋に試合を観に来るのは先日影山と話した苗字さんだけだという。スポンサーの社長などは多忙のため大抵は試合を観に来ることはない。実際に来るのは、どこかの部長や課長だ。また覚えることが増えたことに辟易しながら、影山はアドラーズ主催のパーティーに出た。普段アドラーズを応援してくれている人と交流しようという、いわゆるスポンサーへの接待である。今度こそは絶対に失敗できない。などと言ったら、影山は隅で飲み物を飲んでいるくらいしかできないのだが。
会場には、所々見たことのある顔がいる気がした。流石にパーティーとなれば、社長クラスも顔を出すらしい。顔写真を覚えておいてよかった。とは言っても、自分から話しかけに行く気にはなれないが。
影山が隅の方に突っ立っていた時、良い香りを纏って一人の女の人が近付いた。苗字さんだ。
「こんばんは。影山選手」
「……こんばんは」
影山はどことなく気まずさを感じる。前回恥をかいたのは自分だが、好きなどと言ったことで苗字さんにも恥をかかせてしまったかもしれない。あの時は昼神が謝るばかりで影山から謝罪はできなかったから、今謝るべきだろう。
「この間は、すみませんでした」
「いいんですよ。影山選手に好きだと言われて、悪い気がする人はいないですから」
遠回しに自分を褒められている気がしてむず痒くなる。影山は言い訳をするように言葉を並べた。
「俺はもっとファンサービスしろって言われて、俺のことを応援してくれる人は好きだと思って、苗字さんを俺のファンだと間違えて言ったんです」
苗字さんは何も言わなかったが、何が言いたいのかと尋ねるような視線を影山に向けた。影山は苗字さんの方を向き、続きを口に出した。
「苗字さんは俺のことを好きなんですか?」
影山は会場の端で静かに話をしていたはずが、影山の声はかなり響き渡っていたらしい。ちょうど一人でいた星海が呆れたような表情をした。昼神は額に手を当てていた。
「正直に言います。好きではありません。でもこれは現時点でのことです。人の気持ちは変わります。影山選手に『好き』と言わせてしまったからには、私もそれ相応の気持ちで応えなくてはなりません」
「はぁ」
苗字さんの言っていることは難しくてよくわからないが、苗字さんが影山に真剣に向き合ってくれていることはわかった。苗字さんは影山を見上げ、ふと微笑む。
「これから私達、親しくなりましょう」
どうしてそうなるのかはわからなかったが、結果として苗字さんが影山のしたことに怒っていないならまあいいかと思えた。