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「おい影山! お前スポンサーの娘狙うなんて前代未聞だぞ!」

次の練習の日、ロッカールームで影山はチームメイトに囲まれていた。影山と苗字さんが話していたことは全てチームメイトに筒抜けだったらしい。だからと言って、困るような内容は話していないのだけど。

「逆玉の輿か?」
「将来安泰だな!」

そう言うチームメイトに影山は言葉を返す。

「別に俺と苗字さんは結婚しねえっスよ。苗字さんが俺のファンになるってだけで」
「バッカお前あれは恋愛の意味だよ!」

すかさず否定され、影山はそうだろうかと考える。文脈からして、苗字さんが影山を好きになると言ったのはファンとしての意味ではないだろうか。たまたま苗字さんと影山の性別が異性というだけで、別に浮いた話に繋がるわけではないのだ。そんなことを考えながら練習している間に、影山のスマートフォンは一件のメッセージを受信した。苗字さんからの、食事の誘いだった。

指定したレストランへ行くと、苗字さんは既に席に着いていた。レストランの個室に入るのは初めてだ。アスリートである影山の身を気遣ってのことか、普段から高級嗜好なのか。多分両方だろうと思いながら影山は席に着いた。そこでふと今日の話を思い出す。苗字さんがファンとして影山を好きになろうとしているなら、苗字さんは試合などに来るのではないだろうか。こうしてプライベートの誘いをするということは、やはり苗字さんは影山を恋愛の意味で好きなのだろうか? 苗字さんの方を見ると、苗字さんは微笑んでメニューを広げた。

「今日の支払いは私が持ちます。福利厚生だと思って好きなものを頼んでください」

福利厚生。会社が社員に提供する、サービスのようなものだ。やはり苗字さんは一人の女性としてではなく、スポンサーとしてここに来ている。

「あざす」

影山は難解なメニューから肉らしきものを頼み、細々とした前菜やサラダを食べてからようやく肉にありつけた。味は上々だ。苗字さんが指定する店であるだけある。

「美味しいですか?」
「はい、とても」

苗字さんとはバレーの話ばかりしていたので、会話に困ることはなかった。苗字さんは影山の過去の試合を観てくれたらしく、どこがよかったとか感動したとか話してくれた。影山はこういう時にこそ「俺も好きです」と言うべきなのか迷ったが、前回それでトラブルになったことを思い出し「あざす」と言うに留めた。デザートを食べ終えると、苗字さんがカードで支払いをし影山達は外へ出た。

「では私はタクシーで帰ります。今日はありがとうございました」
「ごちそうさまでした」

苗字さんは最後にこちらへ頭を下げてから遠ざかってしまう。その車体を見ながら、こういう時は普通男が送るものではないかと思った。