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 その後も彼はクールで、正しい意味で平等な人だった。昔の知り合いだからと私を贔屓することはないし、私が笑いを誘おうとして用意した台詞などでは全然笑ってくれない。上司にせっつかれる私を興味深そうに眺めていた。しかし真摯に話続けていれば大抵、最後には頷いてくれるのだった。

 彼と取引をするようになってから、楽な位置に立たせてもらっているような、余計苦労しているような気がする。私が家のソファに寝転んだ時、懐かしいメッセージグループが動いた。高校時代の合宿メンバーでの、飲み会の誘いだった。


「おー! 苗字! こっちこっち!」
「元気そうで何よりだよ、木兎」

 私は適当な席に座り飲み物を注文する。かつてチームメイト全員を悩ませていたエースが今やプロ選手なのだから驚きだ。その他もみんな様変わりしていて、懐かしいようなそうでないような気持ちになる。テーブルを見回して彼はいないのだと安堵するのも束の間、新しい足音がテーブルに近付いた。

「お、研磨」

 その声に私は思わず反応する。彼がメニューを探して見回しているものだから、私は咄嗟に近くのメニューを取って彼の前に広げた。

「お疲れ様です。弧爪社長。お飲み物はいかがなさいますか?」

 この半年間で骨身に染みるほど繰り返してきた接待文句だった。途端にテーブルの注目が私達に集まるのがわかる。彼の嫌そうな顔を見て、やってしまったのだと自覚した。

「なになに、どーいうこと!?」
「二人はどういう仲なんですかねえ」

 口角を上げる黒尾さんを見て面倒なことになってしまったと思った。「苗字、それって」隣にいる木葉に聞かれ、私はテーブル中に聞こえるように言う。

「今私の会社で弧爪……社長を接待してるの!」

 弧爪君、と言えなかったのは習性のようなものだ。思いもよらない縁に一同は盛り上がりを見せ、私と彼は隣同士にさせられてしまった。まるでカップルのような扱いにいたたまれなくなる。彼に至っては、場の盛り上がりに辟易としている様子だった。

「あの、ごめんなさい……」

 私がそっと謝ると、彼はビールを一口飲んでから「本当、やってくれたよね」と言った。プライベートとはいえ、取引先を怒らせてしまったのだろうか。思わず縮こまる私を見て、彼が笑う。

「仕事じゃなくてよかったね」

 これは、許されたということでよかったのだろうか。彼が唐揚げに箸を伸ばすのを見ながら、私も慌ててなくなりかけていたポテトをつまむ。多分今日の飲み会は、何を食べても味がしなさそうだ。