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 彼と契約している事業の中で、出張をする必要性が出てきた。勿論我が社から同伴するのは私だ。同期からは「修学旅行気分でしょ? いいなー」と言われてしまったが、私はそれどころではない。何せ相手は何も読めない弧爪社長だ。昔の知り合いなど関係なく、契約を切られてもおかしくない。とにかくヘマは犯さないようにと、私は何度も内容の確認をした。

 私は新幹線でいいと思っていたのだが、彼は飛行機で行くつもりだったらしい。そういうところに金銭感覚の差を感じながら私は飛行機を予約した。到着したのは夕方で、夕闇の中に異国のものとも思える言葉が飛び交っている。早速予約したホテルに案内すると、私はフロントのベルを鳴らした。

「予約した苗字です」
「苗字様ですね。お部屋は六〇五号室です」

 おかしい。私と彼の二部屋で予約しているはずが、渡されたキーは一つだけだ。

「あの、二部屋予約しているんですが」
「いえ、一部屋のご予約ですが……」

 フロント係はパソコンで予約を確認してくれたが、一部屋で間違いないようだ。私は慌ててスマートフォンを取り出し予約確認メールを見る。そこには、確かに一部屋と表記されていた。

 このフロント係は何も間違っていない。つまり、私が予約ミスをしたのだ。あれだけ会談内容を確認しておきながら、こんな大事な所でミスをしてしまうとは。私はしばらく項垂れた後、彼の存在を思い出した。あまりフロントで揉めていては何かあったと思われてしまう。とにかく、彼を部屋へ通さなくてはならない。

「弧爪社長、こちらが弧爪社長の部屋のキーです」
「ありがと。……苗字さんは行かないの?」

 彼と反対方向、つまり出口に出ていこうとする私を不審に思ったらしい。私は体の動きを止め、彼の方を見る。彼は敏い。嘘をついてもすぐにバレてしまうだろう。そうなれば信用問題に関わる。

「実は、間違えて部屋を一部屋しかとっていなくて。私は漫画喫茶にでも泊まります」

 正直に言った私は俯く。彼の顔は見られなかった。彼はきっと、呆れていることだろう。彼は私にも聞こえる長いため息を吐いた後、エレベーターの方を指差した。

「じゃあおれの部屋のソファで寝れば。どうせ馬鹿でかい部屋とってくれたんだろうし」
「しかし……」
「おれと苗字さんは仕事の仲なんだから何も起こらないよ。それとも取引先の言うことが聞けないの?」

 そう言われれば折れるしかない。私は諦めてエレベーターに乗り、部屋の片隅に荷物を広げた。勿論風呂は彼に先に入ってもらっている。もうこの際、素顔を見られることなどはどうでもいい。

 彼は風呂を出てソファに寝床を作る私をじっと見た後、「おやすみ」と言ってベッドに潜り込んだ。