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「わざわざ待ち合わせなんかしなくてもよかったのに」
私がそこへ向かうと、神威さんは既に窓枠へ腰掛けてこちらを見ていた。神威さんの言葉通り約束などなくとも二人で黙って宇宙を眺めるのが私達の日課だった。けれども、私には今日どうしても伝えたいことがあった。
「で? 話って何」
そう言った神威さんを見据え、深呼吸をして私は話し出す。
「神威さんが護りたくないのに護らなきゃいけないというなら、私は神威さんに護られる必要なんてないくらい強くなります」
これが私の出した答えだった。そもそも私が弱いことに原因があるのだ。私がもっと、極端に言えば神威さんより強くあれば神威さんは護ろうだなんて思わなかったに違いない。緊張しながら神威さんの返事を待つと、神威さんは笑った。
「話ってそれだけ?」
「はい」
他に何があるのだろうか。そう思った私を嘲笑うがごとく神威さんは言った。
「俺はあれ、お前のことが好きだって言ったつもりなんだけど」
途端に私の背中に甘い電流が走る。混乱する頭の奥で、「護るっつーのは団長なりのアイラブユーだよ、多分」と副団長の声がした。今まで「護る」「護られる」にばかり気を取られていたが、それらが意味することまできちんと考えなくてはならなかったのだ。
「じゃあ、えっと、返事は、」
今自分が上手く話せているかもわからない。そんな私を見て、神威さんは視線を窓の外に戻しながら言った。
「いいよ別に。俺返事とか求めてないし」
「じゃああれは……」
一体何だったのだろう。その疑問に答えるように神威さんはまたこちらを向いてニッコリと笑った。
「うん、俺はお前が好きみたいなんだけど、それが困るって話なんだよね」
「はあ……」
「俺はお前のことを好きでなんかいたくないんだ」
そんなことを私本人に言われても困る。だがこの話には続きがあるのだろうと私は黙って待った。三方をガラス窓に囲まれているせいか、部屋はまるで宇宙のように静かだった。
「だけどお前は勝手に俺の視界の中に入ってくる。馬鹿で弱くて間抜けで放っておいたらすぐに死にそうなお前が。それを護ってやりたいとすら思い始めた。だから俺はお前が大嫌いだよ」
話し終えた神威さんはまた外を向く。しかし私は思わず口に出していた。
「それは好きと言うんじゃ……」
途端に神威さんに物凄い力で頬を引っ張られる。痛い、痛いです神威さん。言葉にならない声でそう言うと神威さんはようやく私の頬を離してくれた。
「性欲は湧くけど好きじゃない」
「最悪だ!」
私は神威さんに引っ張られた頬を抑えながら、神威さんは窓にもたれながらそれぞれ笑った。結局私達の関係はよくわからないままだ。神威さんは返事を求めていないというし、神威さんが好きなのか好きでないのかすらわからない。それでも。
「私は早く強くなれるよう、努力しますね!」
気合を入れてそう言うと、神威さんの呆れたような目が私を捉えた。
「ここに来てそれ? 色気がないね、お前」
「じゃあ何と言えば……」
「『私も神威さんのことを好きになれるよう努力します*』とかさ」
「ああ……」
そういえば全然考えていなかった。先程も口ばかり先走って、返事などまるで決まっていなかったのである。
「私、神威さんのことを好きになれるんでしょうか……」
思わずそう口走ると、神威さんのニッコリと笑った顔がこちらを向いた。
「いい度胸してんじゃん、お前」
「わっ! あー! 許してください! 今のなしで!」
また神威さんの手が私の頬へ伸び、私はそれを避けようと四苦八苦する。部屋はそれまでの静寂が嘘のように賑わっていた。私の気持ちもわからない、神威さんの気持ちもわからない今の私達はさしずめただの団長と団員だろう。でも今はそれでいいのかもしれない。窓の外の銀河を見ながらそう思った。