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 休暇が明け、私は大学の三回生になった。これからは本格的に忙しくなる。講義の後にバイトを終えると、帰ったのは十一時を過ぎていた。今から夕飯を作る気力はない。最近侑にご飯を食べさせてやったばかりだし、今日は侑のお世話になろう。侑の部屋に電気がついていたことを思い出し、私は侑の部屋のインターホンを押した。

「今日はこないだ食ってったグラタンの分返してもらうからな!」

 まるで借金取りのような台詞で扉を叩く。すると扉が開いて、中から出てきたのは金髪と黒髪のツーブロック――ではなく黒髪の青年だった。侑と顔は似ているが、別人であることを私はよく知っている。

「治君……」

 私が声に出すと、治君は「久しぶりやな、苗字さん」と言った。

 治君は扉を固定し、混乱して何も言えない私を中に通した。「とりあえず、話は中で」私は上がり慣れた侑の家を、まるで異世界に来たかのような気持ちで上がった。

「治君、何でここに……」
「専門卒業して飲食店に修行に来たんや。うまい店が集まるんは、やっぱ大阪やろて」

 治君は慣れた調子で私に飲み物を出した。治君が私に出したグラスは普段私が使っているもので、治君は私と侑の仲すら見抜いているようだった。

「じゃあ大阪に住んどるの?」
「せやで。ここから少しのアパートに住んどる。侑が引っ越しせんでこのアパートに住んでんのは意外やったけど、まあ気に入っとるもんがあるんやろな」

 私はその時初めて侑のことを思い出した。侑は今、何をしているのだろうか。

「侑、侑はどうしたん?」
「今はコンビニに買い物に行っとる。もう少しで帰ってくるんとちゃうかな」

 途端に私はいけないことをしているような、侑に申し訳ないような背徳感に襲われる。侑の部屋で治君と会うことくらいどうってことないはずなのに、どうして胸が騒ぐのだろう。目の前の治君は卒業式の時より精悍さを増していて、私の心が再び高校時代に戻っていくのがわかる。治君は思い出の人だと思っていたのに、いざ前にすると治君は平気で私の心の一線を越えてくるのだ。

「治君……私……」
「帰ったで」

 私が口を開いた時、玄関の扉が開いて侑の声がした。反射的に私は口を閉じる。今私は何を言おうとしたのだろうか。勢いに任せて何を伝えようとしたのだろうか。

「名前……」

 侑は私を穴が空くほど見つめる。私が侑の部屋に上がることなんて珍しくもなんともないのに、侑が驚く理由はやはり治君がいることなのだろう。一気に重さを増した部屋の空気を切り裂くように治君が立ち上がり、「俺はここに住んどるから」と二枚の紙きれを置いた。紙片には、治君の住所と簡単な地図、SNSのIDが書いてあった。