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 治君と会う日が来た。私はいつも通りの服装を心がけ家を出た。ちょうどその時、同じく部屋から出てくる侑と目が合った。私達は凍り付いたかのようにしばらく見つめ合ったまま動けないでいる。だが先に均衡を破ったのは侑の方だった。

「名前、お前ちょっとこっち来い」
「何やねん。急いでんねんけど」
「ええから」

 本当は時間に余裕はあるのだけど、仕方なく私は侑の家に行くことにした。侑に腕を引かれて侑の部屋に入らされる。扉が閉まった瞬間、後ろから抱きしめられた。

「な、何やねん」
「今から治と会うんやろ。あんまりにも貧乏くさいから俺の香水移したるだけや。じっとしとき」

 多分、侑は抵抗すれば離してくれる。でも抵抗する気にはなれなくて、私は侑にされるがままになっていた。初めて感じる侑の体温が、私の奥に火をつける。触れた部分が剥がれ落ちて新しい何かになっていくような感覚がする。これは本当に現実なのだろうかと疑い始めた時、侑が唐突に私を離して背を押した。

「これで終わりや。はよ行け」
「……ありがと」
「ん」

 何に感謝しているのかはわからなかったけど、私は侑に礼を言った。そのまま振り返らずに侑の部屋を出て電車に乗った。電車は、予定していたものより一本遅れていた。それでも治君との約束までには十分間に合うだろう。私は待ち合わせ場所に着くと、既に着いていた治君とこの間と同じ喫茶店に入った。

「ごめん、私治君とは付き合えん」

 喫茶店の席に着くなり私はそう言った。卒業式の日に言おうとしていたことと、反対の言葉。それが今の私の正直な気持ちだった。治君は大きく口を開けて笑った。

「アハハ、俺告白もしてないのにフラれてもうた」
「それは本当にごめん! 卒業式の時は好きやったとはいえ、こんなん自意識過剰やと思ってるんやけど……私は侑が好きなんや」

 私の正直な気持ちの吐露を、治君は優しい顔で聞いてくれた。

「せやったら、それは侑に言ったって」

 その様子を見ていると、私の中で一つの仮説が浮かび上がる。

「治君、最初から気付いてて付き合ってくれたん?」

 私が侑を好きだということだけではない。私が卒業式の日に治君に告白しようとしていたということも、全部。

「まあ、苗字さんてわかりやすいから」

 けど、侑は鈍感やから気付いてないんとちゃうかな。その言葉に押されるようにして、私は喫茶店を後にして来た道を帰った。治君はもう少しコーヒーを飲んでいくらしかった。