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しばらく恋愛からは遠ざかっていた俺だったが、最近よく恋愛のことを考える。ツムに利用されている、可哀想な名前さん。ここで俺が横から名前さんを奪っていったら、名前さんはツムとしたくせに付き合っているというのは俺という訳の分からない状況になるのだろうか。女子からはえらく叩かれそうだなと思いつつも、大人しそうな名前さんをビッチじみた女に仕立て上げるのには多少興奮する。それよりも、まずツムが黙っていないだろうか。きちんと付き合うことすらしないくせに、自分の手から離れそうな時だけ所有権を主張するだなんて随分都合のいい男だ。まあ、俺自体が名前さんと付き合いたいと思うほどの恋心があるわけではないのだけど。

双子揃って同じ高校に進学したのは勿論部活のためだが、こういった恋愛のトラブルも絶えなかった。一番よくあるのが、ツムにフラれた女が俺の元に来るパターン。ほんまに顔しか見てないんか、と思わず言いたくなる。その殆どが俺とツムの見分けすらつかないのだろう。それぞれ別の高校へ進学していればもっと違った恋愛ができたのだろうか、とたまに考える。そんなことばかり気にしているからここしばらく彼女ができないのだろう。

と思いきや、昼休みに呼び出しがかかった。相手は喋ったこともない一年生の女の子。告白だ、と思った。自動販売機の前で一生懸命俺に告白をする彼女はまあまあ可愛かったけれど断ってしまった。今は、そういう気分にはなれなかったのだ。

さて教室へ帰ろうとした時、俺は自動販売機の裏で動く人影を見つけた。その人物は俺に見つかったことを悟ったかのようにそろりと顔を出す。それはなんと名前さんだったのだ。友達とも知り合いとも言えない関係に言葉を選びながら、「聞いてたんか」と言う。

「宮君も私の話勝手に聞いてたし、おあいこやん?」

ツムを介して知っているなんとなく気まずい関係だとか、ついこの間初対面で恋愛に踏み込むような話をしたとかいう気まずさは微塵も感じていないようで、名前さんは言い訳をするように言った。確かにその通りだ。むしろ友達との恋バナを聞かれてしまった名前さんの方に同情する。俺は告白を聞かれることなど、別にどうってことない。

「……何で付き合わなかったん?」

もう友達のつもりなのか、名前さんは小さい声で聞いた。ツムと仲が良いことにも納得できる図々しさだ。俺は少し迷った後、「なんかそない気分やなかった」と言った。名前さんは「ふうん」と言ってどこかを見た後、顔を上げて呟いた。

「侑にも、そない気分とそうやない気分があるんやろか」

これは俺の勝手な想像だが、名前さんは多分ツムに告白していない。ツムは都合のいい存在が一線を越えて、それに何らかの返事をすることで今の関係が揺らいでしまうくらいならば告白させまいとするだろう。恐らく名前さんは、ツムに告白できるような雰囲気も味わったことがないのだろう。

「宮君がそない気分やないんなら、今宮君で告白の練習したいくらいやわ」

名前さんは笑って言う。俺はあまり深く考えずに、「ええよ」と言った。

「え、ほんまに? 宮君実験体になってくれるん?」
「そうやなくて、付き合う方。名前さんが付き合ってっちゅうんなら、付き合ってもええで」

名前さんは今度こそぽかんと口を開けて俺を見た。何故こうなっているか分からないのだろう。だがそれは俺も同じだ。つい先程も告白を断ったばかりなのに、恋愛など面倒だと思っていたのに、名前さんを受け入れようとしている自分がいる。果たしてそれはツムに利用されている名前さんへの同情なのか、本気で名前さんと付き合いたいと思っているのか、分からなかった。恐らく後者ではないだろうが、ただの気まぐれであることは確かだ。

「さっき、一年の可愛い子振ってたやん」
「せやな」
「私、あの子より可愛かったか?」

直球に聞かれ、俺は素直に「うーん」と考え込む。すると「そこはイエス言うところやろがい」と名前さんから突っ込まれた。正直顔はさっきの一年生の方が好みだ。でも、俺の興味は名前さんに向いている。

「名前さんが嫌や言うんなら、別にええけど」

俺の言葉を聞いて、名前さんは「うーん」と考え出した。なんだか俺が告白しているみたいだ。これでは逆ではないかと思った後で、名前さんが好きなのはツムであって俺ではないことを思い出す。何も、逆ではない。
名前さんは本当にツムが好きなのか、昼休みが終わるのではないかという頃まで熟考すると、覚悟を決めた様子で顔を上げた。

「決めた。ええよ、宮君」

名前さんに真っ直ぐに見上げられ、俺も「おう」と返事をする。名前さんは俺のことを好きではないし俺も名前さんのことを好きではないけど、今ここでカップルが誕生したようだ。

「じゃあ、よろしく――」

そう言いかけた名前さんの横を素通りして、俺は教室へと走った。

「何や、今いいとこやったのに!」
「すまんな、飯食う時間がなくなってまう」

前を向き直して俺は走る。彼女として初めて見る名前さんの顔は、ちょっと怒っていた。