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ツムが大声で俺の教室に乗り込んできたことによる弊害は思ったより早く現れた。女子の中で名前さんが俺と付き合っているという噂が流れたのだ。まああれだけ大声で叫ばれたのだから当たり前だ。俺も名前さんも自分から触れ回ることはしなかったが、俺は友達に付き合っているのか聞かれたら素直に答えていただろうから、遅かれ早かれこうなっていたとは言える。だが問題は名前さんが今までツムと親しくしていたことだった。いくら明確に付き合っているわけではない都合のいい存在だったとしても、積極的にツムに近付いていたとなればツムに好意があるのは明らかだろう。それが俺と付き合っているのだ。顔目当てで侑から治に乗り換えた、と思われても仕方ないだろう。

「なんか可哀想なことになってんな、俺」
「いやそこは私やろ」

いつかのように中庭でパンを食べながら言葉を発すると、隣から鋭い突っ込みが飛んできた。この状況だと顔目当てにツムの身代わりにされているのは俺ではないだろうか。女子に好き勝手言われる名前さんも可哀想だけれど。他人にどう思われるかなどあまり気にしなさそうに見える名前さんだが、今回は結構堪えているようで渋い表情を浮かべた。

「ホント、侑も治君も人気者で困るわ」
「好きに言わせたらええやん。いざとなったら俺が守ったる」

俺がそう言ってパンを齧ると、名前さんは目を輝かせて俺を見た。

「何や今の、好きになりそうやったわ」
「俺ら一応付き合っとるんやけど」

最初に付き合う話を持ち掛けたのは俺の方だったために、今の状況に対する罪悪感も大きい。あの頃予想できなかったことでもないが、もし今の俺があの時に戻るなら付き合おうと言うのをやめただろうか。そもそもが名前さんを好きでした告白ではないから分からない。本当に一時の気の迷いのようなものだったのだ。なんて名前さんに言ったら失礼だろうか。

「守ったるなんて、初めて言われた」
「それはツムからって意味な」
「そっちかい!」

女子の世界は闇が深い。軽い気持ちで男子が足を突っ込もうものなら、火傷をするのは目に見えている。だから俺は女子社会から名前さんを守ってやることはできない。代わりに、ツムから守ってやることはできる。ツムはただ自分の所有物を俺に奪われて悔しいだけなのだ。お気に入りのおもちゃを奪われた子供と一緒だ。あんなものどうにでもなる。自分で考えておきながら、名前さんをおもちゃ扱いしているツムに腹が立った。この間の教室での出来事を思い浮かべ、俺はとあることを思い出す。

「名前さん、ライン交換せん?」
「そういえばしてへんかったな」

俺と名前さんはスマートフォンを取り出し、近距離で同時に振る。すると女の子二人が写っているアイコンと共に漢字のフルネームが目に入って、俺は名前さんと無事連絡先を共有したことを悟った。

「名前さんのフルネーム、初めて見た気がする」
「確かに、クラス違うと名前なんか見る機会あらへんからな」

ツムから聞いた名前が下の名前だから俺は名前さんと呼んでいるが、苗字を知った今苗字さんと呼ぶべきなのだろうか。だが付き合っているのにそれもおかしいと思い直して俺は今まで通り名前さんと呼ぶことにした。考えるのが面倒くさかったのもある。

「じゃ、これからよろしく」

と言って別れたはいいものの、俺はいまいちアプリをどう使ったらいいか分からずにいた。今までは偶然購買で会ったら一緒に昼飯を食べていたが、これからは事前に約束をして会うことが可能になる。世間一般のカップルのように、休日に出掛けたりすることも。だが俺と名前さんは相手の時間を奪うにはまだ憚られるくらいお互いのことを好きではない気がして、結局挨拶代わりにスタンプを一つ送っただけで終わった。