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 異音のため運転停止。乗客の安全のためだとはわかっているが、何も帰宅時間帯にしなくてもいいのではないかと思う。すぐに再開する見込みはない。俺は舌打ちを一つして、ホームを抜けた。

 併設されているカフェは、帰宅難民で溢れていた。今の所座れる席はなさそうだ。視線を彷徨わせていると、ばちりと目が合う。最近妙に距離が縮まっている、彼女に。

 言い訳をするなら、疲れていて座りたかった。彼女はそのきっかけにすぎない。俺は彼女の相席に荷物を置き、コーヒーを一つ注文して腰を下ろした。彼女は嫌がるそぶりを見せなかった。

「不思議な感じ。凛くんと一緒にお茶するなんて」
「俺もしたくてしてるわけじゃねぇ」

 冷静になってコーヒーを飲んでいると、この状況が段々身に染みてくる。デートらしきことをするのは初めてだ。俺は今、同い年くらいだろう女の子と放課後に茶をしている。変に高揚するなんて馬鹿らしい。と思いつつも、まるで別の世界のような新鮮な気持ちがしてしまう。

「冴くんみたいになったら、こうしてるだけで週刊誌に撮られちゃったりして」

 俺の眉がぴくりと反応した。彼女もデートだと思っていることに対してではない。彼女が出した、名前に対して。

「兄貴のこと……」

 と言いかけて、俺のことを知っている人は大体知っていることに気付く。冴は全国ニュースにも出たし、俺より強いのだ。

「俺と糸師冴、どっちが強いと思う」

 彼女は目を瞬いた。彼女がサッカーに対する知見を持っているかは知らない。だが、彼女の中で俺はどうなっているのか知りたかった。

「うーん、サッカーのことはよくわからないけど……凛くんにはこう、自分の目的のためなら世界を変えてでも達成する、みたいなエネルギーがあるよね」

 不思議な言い方をすると思った。そんなの普通に強い、と言えばいいだけだろう。俺はまたコーヒーを口元へ持っていく。

「つまり若いって言いたいだけだろ」
「そうそう、私先輩ね」
「今更お前相手に敬語使うかよ」

 彼女は当たり前のように俺の年齢も知っているらしかった。俺だけ彼女のことを知らないという状況に、どうしようもないもどかしさを感じる。

「名前、聞かせろ」

 彼女が口を開いた。彼女が名乗り終えた瞬間、電車の運行再開を知らせるアナウンスが駅構内に響いた。