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「ナマエに会った」

 真琴に短い邂逅のことを話したのは翌日の昼休みのことだ。真琴は俺の話を聞き、卵焼きを口へ運ぶ手を止めた。真琴も驚いているようだ。まあ、真琴にとっても懐かしい名前だろう。

「どうだった?」

 真琴は、どこか伺うような調子で言う。まるでついさっきまで泣きじゃくっていた子供の様子を見るように。

「どうだったって何が」

 不審に思い視線をやると、真琴は取り繕うように言葉を足した。

「元気そうにしてた?」
「まあ」

 あれを元気と言っていいのかわからない。水泳をやめた話については間違いなく落ち込んでいただろうが、ナマエだって常にそのテンションでいるわけではないだろう。俺だって、一年中凛や水泳のことを考えているわけではない。ナマエの生活は、水泳をやめた後も新しく充実しているのだろう。

「生徒会に入ったらしい」
「へえ」

 また会うかもな、と小さく呟いた。それが言霊になったのか、俺とナマエはそれから少しして再会した。放課後、少しの時間が経った後。まだ活気ある校舎から出てくるナマエと、俺は鉢合わせる。

「何でいつもいるの?」

 まるで俺が迷惑だと言わんばかりの視線をナマエは向けた。俺はそれに無視を決め込み、至って平坦な声色で返した。

「俺は帰ってるだけだ」

 むしろ何度も岩鳶に来るナマエの方が異常なのではないか。まあ、田舎の学校だから近隣の高校同士で連携するのはおかしな話ではない。帰っているだけだと言うなら普通に歩けばいいものを、俺は何故かナマエにペースを合わせていた。もう俺達の歩く速度は同じではない。

「徒歩通学?」

 ナマエは俺の家の位置を知っている。高校生にもなって徒歩で通学している方が珍しい、世間一般で言われる言葉だ。

「よく馬鹿にされるけどな。女子からすれば電車の方が危ないだろ」
「……そうだね」

 ナマエは意味ありげな沈黙を置いた。そういえば、ナマエは電車通学だろうか。ナマエの着ている制服は岩鳶から数駅離れた学校のものだ。確か、女子高だったか。ナマエの最寄りは岩鳶だろうから、電車で数駅と考えれば通学も生徒会連携もさほど大変ではないのだろう。

「岩鳶からは俺が家の近くまで送って行ってやってるようなものだけどな」

 生徒会活動で岩鳶に来た日、大体は俺と一緒になる(はずだ)。その後、岩鳶からは俺と帰っている。顔見知りしかいない街の中で白昼堂々襲う奴がいるとも思わないが、何故だか俺は守ってやっているような気になっていた。小学生の時、ナマエをスイミングスクールに誘ったのと同じような、兄気取りだ。

「別にそんなこと頼んでないし!」

 とはいえ俺達はもう思春期となる年齢で、ナマエにはそれなりの照れがあるらしかった。俺だって、今周りに真琴や凛がいたら言うのを躊躇っただろう。俺と凛とナマエが一緒に下校することなど、天地がひっくり返ってもありえないだろうが。

「流石に家までは送ってやれないけど」

 今日も分かれ道で足を止め、片手を挙げた。ナマエは眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。俺だって、もう大人の男に近付いてきている。それはナマエも同じで、体が発達した女性が一人で歩くことの危険性は理解しているつもりだ。ただ家まで送るとなれば勝手に彼氏を気取るなと気味悪がられそうなので、俺は昔馴染みとしてラインを超えないようにする。ナマエは女子高の生徒らしい、小さな足取りで家路を歩いた。