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 次にナマエと会った時、お互い気まずいような、それでいてこの時を待っていたような気がした。少なくとも、俺には話すことがあった。話すべきこと、と言うべきだろうか。俺が水泳をまた始めるなら、ナマエには言わなくてはいけないと思っていたのだ。

「泳ぐことに、また挑戦したいと思う」

 俺は言った。ナマエは隣で何も言わず歩いていた。俺はナマエに褒めてもらったり、あるいは止めてほしかったわけではない。ただナマエに言うということで、俺の中の区切りになると思ったのだ。

「ナマエはどうなんだ」

 俺はナマエの方を見た。その裏には、俺が言えばナマエもまた始めるのではないかという下心があった。何しろ、最初にナマエが水泳を始めたきっかけは俺なのだ。聞いていることは水泳を再開するか否かということなのに、何故か今の俺の好感度を尋ねているみたいに感じる。ナマエがまた始めたら、ナマエはまだ俺を好きなんじゃないかって。ナマエから告白されたことなんて、一度もないけれど。

「私はもういいかな」

 あまりにも簡単に言われたものだから拍子抜けした。ナマエが水泳を再開するかどうかに重い気持ちを乗せていただけに、失望は大きい。勝手に期待して、勝手に失望するなんて失礼だろうけれども。

「泳ぎきった、のか?」

 俺はそっと尋ねた。選手が競技をやめる理由として、やりきったということがある。しかしナマエの表情を見るに、そうではないようだった。むしろ水泳に何らかのトラウマがあって、それに怯えているみたいだった。俺はナマエに水泳を始めさせた者として、その脅威をとってやりたいと思った。ナマエがまた、心から水泳を楽しめるように。

 通りを歩く人は多くなかったが、ナマエはやけに人目を気にしていた。もう再開の糸口はないと踏んで、俺は引き下がる。

「じゃあ今度応援にでも来てくれ」

 勝ち負けにこだわらない。タイムにも興味がない。その俺がこんなことを言うのは、どうにもおかしなことだった。俺らしくない、と自分で思う。やはりナマエを水泳の世界に引き込んだ時――ナマエが水泳を楽しいと言って笑った時感じた喜びは、恋だったのだ。俺は今更ながらに実感した。当時ほどナマエにかける熱は高くないが、小学生当時恋慕していた人としての思い入れはある。水泳にひと悶着あるらしいナマエでも、応援くらいならば来てくれるだろう。その期待は、呆気なく打ち砕かれる。

「無理だよ」

 俺は立ち止まりそうになるのを慌てて堪えた。ナマエは暗い顔で、淡々と言葉を述べていく。

「大会は平日にもあるでしょ? 流石に学校休んでは行けない」
「そうか」

 傍から見れば、俺の感情は少しも動いていないように見えただろう。だが俺はこの数分間で淡い恋に目覚め、散っていった。俺の恋の賞味期限は既に過ぎていたのだ。それでもたまに一緒に帰るくらいならいいだろうと思うくらい、俺は諦めが悪いようだった。