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「今度合宿をやる」

 俺はナマエと顔を合わせるなりそう言った。ナマエは一度目を瞬いたが、すぐにそれが水泳部のことだと気付いたようで、とってつけたような笑みを浮かべた。

「楽しそうだね」
「ならナマエも来ればいい」

 俺は水泳部で起きたことの全てをナマエに報告したかった。俺が誰かに話をしたい、と思っている状況がそもそも異常なのだが、恋だと気付いた時点でそんなことは今更だ。俺が水泳部のことを話したら、ナマエも水泳部に入ってくれるのではないか。現実の問題として生徒会との両立が厳しくても、せめて泳ぐことを楽しいと思ってくれたら。

 俺の願いは届かず、ナマエの冷めた目線が寄越される。俺はそのまつ毛の長さに見入ってしまう。

「他校なのに行けるわけないでしょ」
「でも水泳は好きなんだろ」

 反射的に黙り込んだナマエを見て、これでは俺がナマエをいじめているみたいだと思った。口喧嘩は好まない。好きな女の子なら、尚更。

「いつかナマエも、俺みたいにまた泳げたらいいな」

 俺はナマエを自分の仲間だと信じて疑わなかった。俺のように、人間関係か何かで揉めて水泳を辞めてしまった人間。実際はそんなものではなかったのだけど、俺は勝手にナマエに想いを馳せていた。水泳をできなかった時期は、辛かった。

「練習があるから、来た時毎度は送れないかもしれない」

 俺は思い出したように言った。少なくとも俺は、恋愛より部活に身を捧げるつもりだ。泳ぐことが、ナマエへのアピールになるのではないかとも思っている。

「別にいいよ、そんなに腫れ物扱いしないで」

 腫れ物扱いなんてしたつもりはないのだけど。そう言おうとしてやめた。別に、男が女を送っていくなんて普通のことだ。それが普通でなく感じたのなら、俺の持っている下心――恋だとか、あるいは水泳をまた始めてほしいという気持ちがあからさますぎたのかもしれない。ナマエを異性として見ていることが知られたらと思うと恥ずかしい。でも、その先にしかナマエと結ばれる未来はない。

 俺は今、初めて自分の欲を確認した。俺はナマエと、付き合いたいと思っている。そして恋人同士がするようなことを、ナマエとしたいと思っている。今まで抱いたことのない感情だけに、その衝撃は大きかった。けれども子供の成長を見守る親のように、その気持ちを温かく受け止める自分もまたいるのだった。