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体は勝手に動いていた。

「大丈夫か!」

ソファを押しのける勢いで立ち上がり、名前の元へ駆け付ける。名前は怪我をしているというのに、驚いたように棒立ちになってこちらを見ている。そんな場合ではないだろう。ヒュースは名前の腕を掴むと流しのレバーを上げ、流水に当てた。医療知識などはないがここまでは常識の範囲内だ。しばらくそうしていると落ち着いたのか、名前は流れる水を見ながら呟いた。

「ありがとう、ヒュース君」

ヒュースもやはりぼうっと水の流れる様を見ながら口を開いた。

「ならばもっと気を付けろ」
「あはは、その通りだね」

もう流水に当ててしばらく経つというのに、ヒュースはまるで名前の腕を離す気がなかった。別にヒュースがわざわざ抑えていなくとも名前は大人しく水で腕を冷やすことだろう。そんなことはわかっている。だがヒュースの手には余るほどの細い腕を離したくないと思った。それは主君に似た名前の体に傷を付けたくないというエゴなのだろうか。自分でもよくわからない。

そのままそうしていると、不意に名前が水道のレバーを下げた。

「そろそろ戻らないと揚げすぎちゃうから戻るね。助けてくれてありがとう」

ヒュースは自然と名前の腕を離した。だがすぐにそれを後悔する。名前はまた怪我をしないだろうか。それも自分への食事作りで。主君と瓜二つの女が自分の食事を作るこの光景を、自分はまた見ていなければいけないのだろうか。そう思った時、ヒュースは既に口走っていた。

「料理などさせられるか」
「え?」
「……オレも作る」

そう言って名前の横に並ぶと、名前がクスリと笑った気がした。

「ありがとう。じゃあお願いね」

とは言っても剣の稽古ばかりで台所になど入ったこともないヒュースである。やる事を求めて右往左往していると、名前がそれを見越してか的確な指示をくれた。本当は油で揚げるのはヒュースがやりたかったところだが、技術が追いついていないので仕方ない。ヒュースは揚がった物をキッチンペーパーを敷いた皿に並べ、明日の昼飯に回す分と仕分けるという作業に徹した。しばらく続けていればご飯の炊き上がる音がし、名前も全ての食材を揚げ終えたようだ。

「お疲れヒュース君。もう戻っていいよ。手伝ってくれてありがとうね」

名前はそう言ってヒュースに微笑んだ。ヒュースはいつも通り「ああ」と答えようとしてある事に思い当たった。上手くいけばここでヒュースの抱いている違和感をもう一つ解消できるのではないかと。

「君付けをするな」
「え?」

ヒュースが言うと名前はきょとんとした顔をした。その表情をしっかり見据えながら、ヒュースはもう一度口を開く。

「ヒュースでいい」

それだけ言うと元のリビングのソファに腰掛けた。ヒュースが感じていたもう一つの違和感、それは名前に君付けで呼ばれることだったのだ。いくら本人ではないとはいえ主君に瓜二つの女に君付けで呼ばれるのは気持ちが悪い。最初は主君と区別できて良いと思っていたのだが、最近では専ら君付けを嫌がるようになっていた。
ヒュースが座ったソファの背後で、名前は笑って「わかったよ、ヒュース」と言った。