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とある夕方に近い時分のことだった。迅やレイジ達はそれぞれ防衛任務や学校に出掛けており、玉狛支部にはヒュースと陽太郎しかいなかった。ヒュースが地下室で暮らしていた時から何かと世話を焼き先輩面をしてきた陽太郎だが、ヒュースが支部内を自由に動き回れるようになってそれはますます加速している。多忙な玉狛支部の中で一人未就学児の陽太郎にとってヒュースは格好の遊び相手なのだ。捕虜に子供の相手をさせるとはどこまでもぬるい組織だと思うが、ヒュースも暇なことは事実である。気が赴く限りで陽太郎の相手をしてやっていた。だが、そんなヒュースにも出来ないことがある。玉狛支部の外へ出ること、つまりは外遊びだ。

「ではおれは行ってくるからな。留守を頼んだぞ、ヒュース」
「了解した」

何でも近所の空き地でツチノコ探しをするらしい。ツチノコが何かは知らないが、自分を巻き込まず一人で遊んでくれるのはありがたい。雷神丸に乗って出掛けて行った陽太郎をヒュースは玄関先で見送った。その後ろ姿が見えなくなると、一人リビングのソファに戻る。

地下室に閉じ込められているどころか、今や玉狛支部にヒュース一人だ。その前だって子供一人などヒュースにはどうだってできる。つくづく生ぬるい組織だと思うが、それでもヒュースが脱獄をしないのはトリガーを奪取されているからだ。ランビリスがなくては帰ったところで意味はない。きっと迅か誰かが隠し持っているのだろう。こういう所に奴の狡猾さを感じる。ヒュースの一番大事なカードを持っていると自覚しているからこそあえて自由にしているのだ。脱獄の計画を練るには、まずランビリスの取り戻し方から考えなくてはならない。

ヒュースがソファで座り込んでいる間に時計の針は三回回った。青かった空もすっかり赤みがかり、今日が残り僅かであることを告げていた。ヒュースは時計を見て眉を顰める。陽太郎はいくらなんでも遅すぎやしないだろうか。

今までもこうして一人で遊びに行くことが多かった陽太郎だが、必ず一時間前後で帰ってきていた。ましてや今日は近所の空き地だ。普段より早くてもいいくらいだろう。段々とヒュースの心に不穏が立ち込める。

雷神丸に乗っている途中で事故に遭ったのかもしれない。空き地で怪我をしたのかもしれない。悪い人間に拐かされているのかもしれない。可能性を考えればキリがない。ボーダーやトリガーの知識こそあるものの、まだ五歳の子供なのだ。そんな子供を一人で外に出す方が間違っていたのかもしれない。

ヒュースはじっと窓の外を見た。今陽太郎がこの外で、どこで何をしているかはわからない。本来ならば今すぐ探しに行くべきなのだろうが、ヒュースにそれは許されていなかった。ヒュースの自由はあくまでも玉狛支部内で認められているものだからである。もし破れば以前のように地下室へ戻るか、奴等の言う"本部"で本当に牢の中ということも有り得るだろう。

だが、しかし。ヒュースは焦れったい気持ちで時計を見た。もうじき暗くなる時間帯だ。こんな時間に陽太郎が帰ってこないのは明らかに異常と言える。玉狛支部のメンバーだって、陽太郎が心配なはずではいのか。ソファに座ったまま揺らぐヒュースの頭に、とある声が蘇った。

「じゃあ私は出掛けてくるから、陽太郎のことよろしくね。ヒュース」

名前はまだ慣れないヒュースの名前をはにかみながら言った。それに自分は「ああ」とだけ返したことを覚えている。
これは今日のことではない。遡ること三日前の記憶なのだが、何故か今になってヒュースの中で思い出されていた。ヒュースは名前に、陽太郎のことを頼まれた身だ。その思いがヒュースを立ち上がらせる。ボーダーの奴等にバレた後のことはその時考える。ヒュースは玉狛支部のドアを開けると、外へ向けて歩き出した。