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最近私にはとある悩みがあった。悩みというより謎といった方がいいのかもしれない。晴れて地下室から出ることを許されたヒュース君だが、その彼がご飯を食べる時私が作った日だけ険しい表情をするのだ。それはもう、ご飯に何の恨みがあるのだろうかという疑問を抱く程に。それで手を付けないのならまだしも、拙い箸使いで全て食べ切ってくれるのだから余計にわからない。ヒュース君は時々、恐らくは近界にない食べ物や嫌いな食べ物が出た時食事を残すことをする。その度に小南に怒られているのだが、私の番では一切ないのだ。不思議に思いながら玉狛支部のドアを開けると、今日は任務のないらしい迅さんがソファに座っていた。

「こんにちは」
「よっ名前ちゃん。早いね、今日食事当番だっけ?」

その言葉にまた心が重くなる。今日もまた、ヒュース君のあの表情を見なければいけない。

「はい……」

俯いてそう答えた私に迅さんは全てがわかっているといった表情で言った。

「多分名前ちゃんの悩みは案外大したことないと思うよ」
「え?」
「アイツは多分、名前ちゃんがご飯作ってくれると照れちゃうんだよ」

アイツとは間違いなくヒュース君のことだろう。照れちゃう、の意味がまったくもってわからないのだが、迅さんが言うのだからこの悩みは大したことないのかもしれない。また一つ謎を増やしながらも私の足取りは軽かった。今日は天ぷらを作る予定だ。気合を入れて頑張らなければならない。

「おれ夕方から防衛任務だから、おれの分はいらないや」
「はーい」

そう言う迅さんに背を向けて、私はエプロンを身に付けた。


衣が上がる気持ちのいい音と鍋から上がる熱気が料理をしていることを実感させてくれる。私はこの感覚が結構好きだった。玉狛支部には支部に入るまで料理をしたことがなく、苦労をした者もいるが私はそれではなかった。元々家事は好きな方だし、料理もよく家でやっていたのだ。なのでレイジさんには負けるがなかなか凝った料理を作れているのではないかと思う。天ぷらなどは私以外誰も作ろうとしないだろう。

私は普段みんなの集まるリビングを見て、珍しい黒のパーカーに目を止めた。ヒュース君が玉狛支部内での自由を認められるようになってからしばらく経つが、未だに彼が地下室以外にいるのは慣れない。自分が一番地下室での彼を見ていたからだろうか。

思うところはもう一つある。彼は何故か私が料理をしている間こちらを険しい表情で見つめてくるのだ。それは私が料理を作って彼に出した時よりさらに酷い、忌み嫌うような表情で。ヒュース君に最近何かしてしまっただろうか、と思うも心当たりはない。ならば気付かない内に嫌いな食べ物でも入れているのだろうかと思ったが彼は毎度残さずきちんと食べてくれる。一体何が理由なのか、私には見当もつかない。今も睨まれている最中なので正直料理がしづらい。私は慌てて視線を元に戻そうとした。その時、油に入れようとしていたさつま芋が滑った。

「あ」

跳ね上がる油を見てやってしまったと思った。料理中はよそ見は禁物だ。しかも危険の高い揚げ物なら尚更である。これは自業自得だと思いながら、跳ねた油が袖をまくった私の腕に着地するのをスローモーションのように見ていた。

「っつー」

思わず歯の隙間から息が溢れ出る。回らない頭の奥でこういう時どうすればいいんだっけと考えていた時、不意にリビングから大きな物音がした。

「大丈夫か!」

それはこちらを睨んでいた彼が咄嗟に立ち上がる音だった。